二度目の新幹線
修学旅行の最終日はあっという間だった。
「これで終わりって思うと寂しいね」
「もう何泊かしてもいいよなー」
『私はもう十分かな』
「俺もこれ以上はいいや」
帰りの新幹線。桜井さんと秀人が名残惜しそうにしている一方で、加茂さんはボードに満足した旨の一言を書き、山田も彼女の文に同意する。
「あれ、加茂ちゃんも山田も帰りたい派なんだ? 意外」
西村さんは驚いたように二人を見る。確かに、二人が否定的な意見なのは少し意外だ。
加茂さんはイベント事が大好きだし、山田も寺巡りが好きと言っていたから、もっと続いてほしいと言いそうなものだが……。
『お風呂はずかしい
落ち着かない』
「そうそう、落ち着かないよな。部屋風呂ありゃいいんだけど」
どうやら、二人は大浴場が苦手らしい。
「山田ってそんなタイプだったか?」
「石村は見てんだろ、誰かさんが俺の体に付けた痕」
「「…………」」
「ああ、そういうことか。確かに目立ってたな」
俺と桜井さんは、無言のままお互いのパートナーに目を向ける。二人が大浴場を苦手とする理由が判明したから。
加茂さんの髪の隙間から確認してみると、薄くはなっているものの、加茂さんの首には未だに痕が残っている。恐らく、山田も桜井さんに付けられたと思われる痕は残っているだろう。
「まあ、今後はもう少し自重してほしいなぁと」
「が、頑張る……」
「頑張らないと駄目かぁ」
小さくなっている桜井さんと、遠い目になる山田。そんな二人を見て苦笑する加茂さん。
……加茂さんも同じように羞恥心を感じていたと思うと、罪悪感が込み上げてくる。
「ごめん、俺も今後は自重する」
「…………(えっ)」
俺が謝れば、加茂さんは驚いたような顔でこちらを見上げ、慌てた様子でボードに文字を書いた。
『私は違うよ』
「え? でも恥ずかしいって」
「…………(ぶんぶんっ)」
加茂さんは首を横に振る。いや、恥ずかしいって言ってたよな?
『私は元々色が目立つから』
そんなことをボードに書いて、加茂さんは自分の髪に触れている。
成る程。肩まで伸びる彼女の亜麻色髪を見て納得する。
この学校には髪色を規制するような校則はない。だから、髪を染めている生徒も少なくない。
ただ、髪を染めるといっても多いのは茶髪や金髪。もしくは、日向のように一部分を染めるメッシュやインナーカラー等もあるが、そもそも加茂さんの髪色は珍しい。
その上、彼女は地毛だ。色落ちもないため、風呂場で髪を染めている人のように扱いに気をつける必要はない。
――あとは、これに尽きる。
「加茂さんの髪って綺麗だもんな」
「…………(えへへ)」
俺が髪について触れれば、加茂さんは照れ笑いを浮かべる。
一切の不純物が見られない亜麻色一色の髪。道行く人に加茂さんの髪について訊ね回ったとして、ほとんどの人が綺麗だと答えるだろう。
「加茂ちゃん、痕を誇りみたいに見せてきたよね」
「あれ面白かったよね」
「……そうだった」
加茂さん、自慢したって話してたな。二日目の朝は女子からの目が少し怖かったのも思い出す。
……俺が加茂さんを困らせてしまった訳ではないのが分かって安心したが、あまり堂々とされるのも考えものである。今後はもっと分かりにくい場所にするべきか。
――何の前触れもなく、窓の外が暗くなる。
「あ、トンネル入った」
耳に入ってきた誰かの声。心臓が波打つ。
「…………(ぎゅっ)」
そして、俺の手の甲に彼女の手が乗った。
「……ありがとう」
「…………(こくり)」
加茂さんは優しい笑みをこちらに向けながらゆっくり頷く。"私がついてる。大丈夫"と俺を励ましてくれるかのように。
「赤宮君、大丈夫……?」
「顔色悪いけど、また寝不足?」
「え? 赤宮なら昨日は一番最初に寝てたと思うけど……もしかして寝れなかったか? 俺達の声うるさかった?」
事情を知らない三人は心配そうに声をかけてくる。
秀人だけは何も言わないが、心配はしてくれているのか、複雑そうな表情でこちらを見ていた。
「……寝不足じゃない。大丈夫」
「寝不足じゃないなら……酔った?」
「エチケット袋持ってる! 私酔わないからあげるよ!」
「酔ってもない。大丈夫だから」
「大丈夫には見えないけど」
確かに大丈夫とは言えない。今も動悸が止まらないぐらいには。
だけど、トンネルに対する恐怖心をはっきり自覚したからか。それとも、加茂さんが手を掴んでくれているからか。心は一日目の時より落ち着いていた。
「無理しないで寝てろよ」
「…………(ぎゅっ)」
ずっと黙っていた秀人が口を開いた。その言葉に続いて、加茂さんの手を握る力は強くなる。
一日目の時は寝ていたおかげでどうにかなった。今回も、目を瞑って眠ってしまえばやり過ごせるだろう。
――本当にそれでいいのか?
「…………」
隣で手を握ってくれている彼女は、変わらず優しい笑みを浮かべて俺を見ていた。
そんな彼女も、自身の問題と戦っている。既に歩き出している。なら、俺は?
「……いや、起きてるよ」
俺も向き合うと決めたものの、歩き出し方は決まっていなかった。
だけど、もう決まった。
「なあ、ライナーで内緒話してもいいか?」
「へ?」
「急に?」
「悪い」
「別にいいけどよ」
何も知らない三人は困惑しながらスマホを取り出す。
「グループでいいんだよな?」
「……うん」
[OK!いつでもいいよ!]
秀人と加茂さんは、察してくれたらしい。自分のスマホを手元に出して、加茂さんに至っては既にグループトークの中で文字を打っていた。
[来た]
[いいよー]
[こんな近くでライナー使うの変な感じするな]
[内緒話、わくわく!]
二人は理由を知りながらも、ずっと話さずにいてくれた。
三人は理由を知らないから、余計に心配をかけてしまっていた。
俺は皆に甘えていた。忘れたくて、話題にも出したくなくて、隠してきた。
[それじゃあ、早速だけど打ち明ける]
だけど、向き合うと決めたから。
[俺、トンネルが駄目なんだ]
――もう、忘れない。





