加茂さん配送便
修学旅行二日目の班行動も終わり、夜。昨日と同じようにロビーで待ち合わせをした。
そして、昨日と同じように今日のことを振り返りながら談笑していたのだが……。
「…………(うとうと)」
「眠いか?」
「…………(がばっ)、…………(ふるふる)」
加茂さんは慌てた様子で顔を上げ、首を横に振った。つまり、かなり眠いと。
「今日は部屋戻るか」
「…………(がしっ)」
加茂さんは俺の腕を掴み、戻りたくないと無言で訴えてくる。
「あと少しだけだからな」
「…………(ぱあっ)」
了承すると、加茂さんの表情が明るくなる。
俺もまだ加茂さんと居たかった。だから、つい許してしまった。
――そして、三分足らずで許したことを後悔する結果になったのは言うまでもない。
* * * *
▼ ▼ ▼ ▼
部屋の扉をノックする音が聞こえた。
「誰だろ?」
「先生じゃない?」
「就寝時間ってまだだよね?」
時計を確認してみるけれど、やっぱり時間はまだまだ先だ。不思議に思いながら、私は扉を開けに行った。
「……お届けものです」
扉を開けた先に居た人物に驚いて、固まってしまった。
「西村さん、お届けもの」
「……はっ。え、赤宮君? 何で?」
「いや、だから届けものだって……」
「……そゆことね」
赤宮君は若干疲れた顔で頷く。
彼の腕の中には、すやすやと気持ち良さそうに眠ってしまっている加茂ちゃんが居る。私はそれを見て、事の顛末を察した。
「ちょっと待ってて。カメラ取ってくる」
「取ってこなくていいから加茂さん受け取ってくれないか」
「すぐ戻るから!」
「話を聞けっ……」
私は赤宮君の切実な訴えを無視して、自分のカメラを取りに行った。
「あ、詩穂。結局誰だったの?」
「赤宮君だったー」
「あー、赤宮君ね……赤宮君!?」
「何で!?」
「お届けものー」
軽く来客の件について話すと、途端にくつろぎモードだった部屋にも騒がしさが生まれる。
私は手早くカメラを荷物から取り出して赤宮君の元へと戻ってくると、彼は居た堪れない表情で待っていた。
「早く……」
「ごめんごめん。その前に写真撮らせて?」
「それは撮る前に聞くものだと思う」
ごもっともだと思います。まあ、撮るんだけど。お姫様抱っことかなかなか見られるものじゃないし。
「それにしても、よく来れたね。止められなかった?」
ホテルの部屋割りは男子のフロアと女子のフロアで分かれていて、そのフロアの各入り口には先生が見張りとして座っている。
だから、赤宮君がここまで来れているのが少し不思議だったけれど、話を聞いてすぐに納得した。
「佐久間先生に預けようとしたら拒否られて通された」
「佐久間先生だったんだ。信頼されてるねぇ」
「単に面倒臭かっただけだと思う」
まあ、それもあるとは思うけど。赤宮君だから信頼して通したというのも、ちゃんとあると私は思う。ほら、赤宮君って学内だと割と優秀生徒だし。
「なあ、そろそろ視線が辛い」
「視線? あー……」
部屋の外から顔を出して軽く周りを見れば、赤宮君は他の部屋の女子から注目を集めていた。
女子のフロアに本来入れる筈のない男子が居るのだ。奇異な目で見られるのは当たり前だと思う。しかも、眠っている女子をお姫様抱っこしているのだから尚更。
でも、このまま加茂ちゃんを受け取って帰してしまうのも、何だか勿体ないように思う。
「ねー! 赤宮君部屋に入れていいー?」
「は?」
部屋の中に居る皆に声をかけてみる。
「うん」
「いいよー!」
「ちょちょちょ!? 待って私すっぴんなんだけど!」
つまり、全員OKと。
「皆いいって! ささ、入った入った!」
「いや、流石に駄目だろ。しかも明らかに一人駄目な人居なかったか?」
「キノセイダヨ」
彩花が何か叫んでた? 気のせい気のせい。
「もう冗談はいいから早く受け取ってくれ」
「私のこの細腕で加茂ちゃんを抱えて運べるとでも?」
「……マジで言ってる?」
「うん!」
私は頷くと、赤宮君は疑いの眼差しを向けてくる。ですよね。加茂ちゃんって私よりは軽いだろうし、実際は抱えられる気がする。
だけど、全ては新たな尊いをシャッターに収めるために!
「えー……」
赤宮君は嫌そうにしながらも、あと一押しでいけそうな雰囲気を見せてくる。よし、ここで飴を見せよう。
「それに、帰り一人でこのフロア歩いてたら変な噂されちゃうかもよ? 部屋の中に運んでくれたら、このフロア出るまで私がついて行ってあげるから!」
「………………すぐ帰るから」
「よしっ。どうぞ!」
「はぁ……」
私はガッツポーズをして、赤宮君を部屋の中へと通した。
▼ ▼ ▼ ▼
ぼんやりとした視界の中に、大好きな人の姿が映る。
……頭がふわふわする。
「…………」
私は彼を求めて手を伸ばした。彼が離れていくように見えたから。
すると、離れていく彼は動きを止める。
それが何だか嬉しくて、頰が緩んだ。それから、私は腕を動かす。腕を揺らして、彼の気を引こうとした。
だけど、今度はなかなか応えてくれなくて、悲しくなった。
「……少しだけ、だからな」
彼の声が聞こえたような気がした後、私の体が持ち上がったような感覚があった。
それから、背中がぽんぽんと叩かれる感覚があった。優しい手つきで安心する、温かい、私の好きな感覚が。
――いつも、ありがとう。
私は口を開いて、動かした。





