友達の悩み
「俺、彼女できた」
いつものように三人での昼食中、山田は俺達にそんな話を打ち明けた。
「おめでとう」
「ありがとよ」
あまり詮索するのも野暮だろうと思った俺は、何も聞かずにただ祝福した。
いつの間に、なんて驚きは当然ある。山田からそんな浮いた話、今まで一切聞いたことがなかったから。
しかし、めでたいことには変わりない。俺は自分のことのように嬉しく思った。
――ただ、この暴露による問題は、リア充に対して過剰反応を起こすもう一人の存在である。
「よかったじゃん」
「「えっ」」
「……? 何だよ、その反応」
秀人の落ち着きある反応に、俺と山田は戸惑った。
失礼ながら、普段の彼なら「爆発しろ」の一言でも言って当たり前だった筈。そんな彼が、リア充の誕生を素直に祝福した……?
「何か変なもの食ったか」
「拾い食いは程々にしておけよ……?」
「してねーよっ」
拾い食いはしてないらしい。それなら、まさか……。
「秀人、金欲しさに変な薬の被験体にされてないだろうな」
「石村、お前……」
「よし、お前ら表に出やがれ。そして一発殴らせろ」
「「あ、よかった。いつもの秀人(石村)だ」」
「お前らなぁ!?」
まあ、流石に度を越して失礼なことを言った自覚はあった。
だから、俺達は一言ずつ謝りを入れた。"親しき仲にも礼儀あり"だ。
「……と、まあ、こんな茶番は置いといて」
「嫌な茶番だなー」
「ごめんって……それで、どんな心境の変化だ? 秀人、リア充を親の仇みたいに見てたろ」
「大袈裟だろ」
「「えっ」」
「あのなぁ……」
親の仇は言い過ぎたが、今までも結構恨み事のように呟いていたような。過剰表現でも何でもなく。
俺と山田は顔を見合わせ、揃って首を傾げる。山田も同じことを考えていたらしい。
秀人はそんな俺達に対してため息を吐くと、言った。
「俺だってリア充になりたい」
「「ほっ」」
「そこでほっとするのやめろ」
平常運転の秀人に安心すると、当の本人から突っ込まれる。
こうして秀人が突っ込みに回るのは珍しいので、少し新鮮だ。
「まあ、羨ましい気持ちとか、妬みとかはあるぜ? でもな、友達の幸せぐらいは普通に祝いたいって思ったんだよ」
「石村、お前……!」
「見直したぞ……!」
「こんなに嬉しくない賞賛初めてだよコンチクショウ」
秀人は再びため息を吐くと、「それに」と言葉を続けた。
「最近はそこまで羨ましいとか思わなくなったし」
「何でさ」
「……初恋の子に再会できたからな」
秀人はそう言って、照れ臭そうに頰を掻く。
俺は秀人の告白を聞いて一人だけ、心当たりが浮かんだ。
「まさか、神薙さん?」
「当たり」
「誰それ」
「別のクラスの女子で、俺の幼馴染」
「幼馴染いたんだ」
山田は驚き目を見開いた。まあ、驚くのも無理はない。俺だってそれを知った時は驚いた。
「赤宮は何で知ってんの?」
「神薙さん、加茂さんの友達なんだよ」
「マジか」
山田に説明しながら、俺は考える。
神薙さんに関して、一つ気になっていることがあった。それを確認する前に、俺は改めて秀人に確認を取る。
「秀人は今も神薙さんのことが好きなのか?」
「好きだな」
――秀人の真っ直ぐな想い。
それを聞いた以上、例の件についても聞いておくべきだろうと考えた。
それは、今後避けて通れぬ問題であり、現在進行形で影響を与えているであろう問題だ。
「秀人、単刀直入に聞く。過去に神薙さんと何があった?」
「え、石村何かしたの?」
「してない……っていうか、何もしなかったのが逆に問題なんだよ」
何もなかったのが問題?
意味が分からず、俺は小首を傾げる。秀人はそのまま言葉を続けた。
「鈴香は小学校卒業と同時に引っ越したから、それっきり会ってなかったんだ」
「連絡先は?」
「聞けなかった。鈴香が引っ越す日、俺は会いに行くって約束してたんだ。でも、俺はそれをすっぽかしたから」
「うわ……」
「ガチ引きすんな」
いや、引いて当然だろう。初恋相手との大切な約束すっぽかす馬鹿がどこにいる。
しかし、もしかすると何か事情があったのかもしれない。そう考えた俺は、秀人に問いかける。
「そのすっぽかした理由は?」
「……寝坊」
「うっわ」
「だからガチ引きやめろ」
無理。今のを聞けば誰だってこうなると思う。現に、山田は引き攣った笑みを浮かべて秀人を見ている。
「俺はずっと後悔してるし、鈴香が俺を嫌ってるのも分かってるんだよ」
「フォローの言葉が思い浮かばない」
「俺も……」
「嘘でもフォローしてほしかったなぁ!」
フォローにも限度はある。
……限度はあるが、こんなのでも俺の大切な友人だ。その友人が奇跡的に初恋の人に再会できた上、その人への想いも消えていないという。
秀人が女を取っ替え引っ替えするような軽い男だったなら、俺は今の話を聞いても何も思わなかっただろう。
しかし、彼の一途な想いを聞いてしまった。それなら、協力したいとも思ってしまった。
思わされた時点で、俺の負けだ。
「どうすっかなぁ」
机に突っ伏す秀人を横目に、俺はある人物の協力を仰ごうと決意した――。





