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【本編完結済】加茂さんは喋らない 〜隣の席の寡黙少女が無茶するから危なっかしくて放っておけない〜  作者: もさ餅
いつまでも、ずっと隣で

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加茂さんと恋占いの石

「また学校でー!」

「…………(ふりふり)」


 清水の舞台でひとしきり写真を撮り終わった後、神薙さん達の班とは別れることとなった。

 どうやらあちらの班は清水寺の後にもう一つ別の場所を巡るつもりだったようで、ここであまりゆっくりもしていられないらしい。折角親しくなったところで少し残念に思うが、仕方ない。


「よし、じゃあ俺達も行くか」

「そうね」


 …………。


「神薙さん?」

「冗談よ、三割は」

「残り七割は?」

「…………ふっ」

「帰れ」




 * * * *




「九杉ぃぃぃぃ怪我には気をつけるのよぉぉぉぉぉ」

「神薙さん達もなー」

「…………(ふりふり)」


 回収に戻ってきた班員達に引っ張られる形で遠ざかっていく神薙さんを見送り終え、俺達も出発した。

 といっても、清水寺の中からはまだ出ずに、向かったのは西村さんが希望していたとある場所だ。


「石村! ゴーゴー!」

「分かったっ、分かったから頭叩くなっ! 悪い光太っ、先行ってるっ!」

「ああ。でも危ないから走るなよ」

「石村ダッシュ!」

「今走るなって言われたろ!?」


 西村さんは余程楽しみにしていたらしく、足となっている秀人を急かして一足先にその目的地へ向かっていった。


『元気になって

 よかったね』


 加茂さんはボードに文字を書き、二人の後ろ姿を微笑ましそうに眺めている。


「そうだな」


 どこか元気が無さそうに見えていた西村さんは、清水寺に来てからはいつもの調子に戻っていた。

 時間が解決してくれたのか、はたまた別の要因があったのか。理由は定かではないが、とにかく安心した。




『詩穂ちゃん元気ないね』

「……そうだな」


 ――西村さんの様子がおかしいことには気づいていた。それは加茂さんや桜井さん、山田も同じだった。

 坂の上で秀人と西村さんの帰りを待つ間、俺達はその話をしていた。どうして元気がないのか、と。


『湯葉食べられなかったの

 ショックだったのかな』


 思い当たる節を加茂さんが挙げて、最初は俺もそれかと思った。


 実は今日、当初予定していた湯葉の店は定休日だったのだ。

 チェーン店でもないので、定休日の存在は当然だった。しかし、誰もがその存在を忘れていたため、調べていなかったのだ。計画が順調に進み過ぎて、少し気が緩んでいたのかもしれない。今回の班計画で唯一の失敗だ。


 だから、仕方なく俺達はその近くにあったラーメン屋で昼を済ませたのだが、西村さんは分かりやすく落ち込んでいたのだ。


「楽しみにはしてただろうけど、少し違うと思うよ」


 しかし、桜井さんが加茂さんの考えを否定した。


「詩穂、失敗とか結構気にするタイプなんだ」


 西村さんとは中学の頃からの知り合いらしい。


 昔から身の回りで不幸が起きる。張り切ると悪い方に転んでしまう。そういったことが何度かあって、身近な不幸を何でも自分のせいだと思い込んでしまうたちになってしまった。

 桜井さんはそう語った後、今回、自分が怪我をしたせいで皆が山を登らなかった。そう思っているのだと言った。


「こうなるのは分かってたんだけどね」


 桜井さんは分かっていた上で、加茂さんの提案に賛同したのだとか。


「逆に詩穂に気遣って私達だけで山登っても意味ないでしょ?」


 それはそうだ。だから、俺達は登らずに下りてきた。


「湯葉のお店が定休日だったのは予想外だったけどね……」


 桜井さんは曰く、湯葉の店が定休日だったのも"自分の不幸に巻き込んでしまった"と思い込んでいるそうだ。西村さん個人のせいではないというのに。


「とにかく私達が思いっきり楽しんでたら詩穂も段々気にしなくなると思うから。変に気遣わないであげてほしいな」




「……杞憂だったかもな」

「いつにも増して元気になってるもんね。流石は縁結びの神社」

「ご利益の種類が違うんだよなぁ。っていうかまだ着いてないし」

『結果オーライ』


 何はともあれ、西村さんが元気に戻ったのなら良かった。

 秀人には引き続き西村さんの足を頑張ってもらうとして、俺達も残りの班行動を引き続き楽しもう。


「どこ……?」


 そんな心意気でやってきた地主神社だったのだが、階段を登った先では、西村さんが迷子の子供のような悲しげな声を出していた。


「ど、どうした?」

「カップル未満が見当たらなかった」

「えっ」


 秀人の返答に驚き見てみれば、例の恋占いの石はすぐそこにあり、丁度今、一般の観光客達がチャレンジしているのが見える。

 ただ、そのチャレンジしている人達はまるでスイカ割りのように楽しんでいて、西村さんが好きな部類のものには見えない。周辺を見回してみるが、カップルらしき姿もない。


 ……というか、平日だからか観光客自体も少なめのような。


「思ったんだけどさ」

「うん?」

「これ、カップル未満で来たら、俺はともかく普通は気恥ずかしくてできねーんじゃね? つーか、そこまで進んでる関係だったらこれに頼る意味もねーだろ」

「……確かに」


 そこまで進んでいるのなら、石に頼らずに告白するべきだと思う。

 背中を押してもらうという意味ではやってみてもいいと思うが、失敗が続けば自信を失うだけだ。あまり意味がないように思えてしまう。


「そ、そんな……」


 西村さんは軽く絶望していた。ドンマイとしか言えない。


「お、空いた」

「えっと……どうする? 石村やってく?」

「んー……一応やってく。西村、下ろして大丈夫か?」

「はい……どうぞ……」


 某名探偵電気鼠のように萎れている西村さんを下ろした秀人は手前の石の前に立つと、反対側の石に目を向ける。


「秀人、目瞑って歩くんだからな?」

「分かってるっつーの」


 そう言って、秀人は軽く手を前に出して歩き出した。

 その歩き方に迷いはなく、真っ直ぐ綺麗にスタスタと歩みを進めていく。


「おお、一発」


 そして、俺達の声の助けも借りずに一度で難なく成功させてしまった。


「凄いね」

「…………(ぱちぱち)」

「真っ直ぐ歩くだけだし、簡単だった」

「簡単だったって……目瞑って歩く恐怖心とかねえの?」

「鈴香に嫌われる以上に怖いことはない」

「無敵か」

「99点!」

「あ、復活した」


 死んだ目をしていた西村さんがいつの間にか復活し、生気に溢れた目で秀人には点数札を向けていた。何でそんなもの持ってきてるんだ。


「もうカップル未満はいいのか?」

「目の前にいたからね! 鈴香ちゃんも居れば完璧だったけどこれはこれで良し!」


 ……点数の基準はよく分からないが、本人が満足しているならいいか。


「西村さんもやってみれば?」

「それは嫌」


 スンッとした真顔で即答されてしまった。人のを見るのは好きなのに自分はやりたくないらしい。謎である。


「この後どうするか」


 西村さんがやらないとなれば、もうここでやることもない。


「参拝だけでもしていくか?」

「恋愛成就の?」

「直人、浮気でもするの?」

「よーし回れ右!」


 桜井さんの背後にうっすらと修羅が顕現しかけたところで、山田が真っ先に踵を返した。

 そんな彼に続いて歩き出そうとするが、石の方をじっと見つめて立ち止まったままの彼女に気づく。


「加茂さん?」

「…………(びくっ)、…………(ぶんぶんっ)」


 まだ何も聞いていないのに、慌てた様子で首を横に振ってくる。この反応が何を表しているのか、常日頃から彼女を見続けてきている俺には想像に容易かった。

 だから、ひとまず先に山田達を引き止めることにした。


「ちょっと待って。加茂さんが石のやつやりたいって」

「…………(えっ)」

「え?」

「そうなの?」

「…………(えーっと)」


 加茂さんはまるで様子を窺うように、俺の方をチラりと見てくる。


「やりたいんだろ?」

「…………、…………(こくり)」


 改めて確認してみれば、加茂さんは一拍置いてからようやく素直に頷いた。

 それから、ボードに素早くペンを走らせた。


『浮気する気ないからね!』


 やはりというべきか、つい先程、桜井さんが言っていた事を気にしていたらしい。


「疑ってないから。それより、ほら、今空いてる」

「…………(はっ)」

「ボード持ってるから」

「…………(ありがと)」


 加茂さんは口パクでお礼の言葉を言った後、俺にボードとペンを預けて反対側の石の前に小走りで向かっていった。


「……そっちからやるのか」

「いいんじゃね? どっちからやらないといけないってルールもないだろうし」


 それもそうかと納得したところで、加茂さんが目を瞑って歩き始めた。秀人に比べて少しゆっくりめに、段々とこちら側の石に近づいてくる。

 しかし、秀人に比べて綺麗に真っ直ぐは歩けておらず、少しだけ横に逸れてしまっている。


「ねえ、これ言ってあげた方がいいかな?」

「いや、もしも危なそうだったらフォロー入ればいいと思う」


 そんな彼女の様子に小声で訊ねてくる桜井さんに、小声で返す。加茂さんのことだ。どうせやるなら秀人と同じ条件でやりたいだろうし。


「お、持ち直した」

「すごっ」


 加茂さんは自分が逸れてしまっていることを感じ取ったのか、その場で立ち止まり、体の向きを微調整して石の方に向き直った。加茂さんの直感力、恐るべし。

 再び歩き出した彼女は、今度は横に逸れることなく着実にこちら側の石に近づいている。残り歩数がおよそ、五歩、四歩、三歩……。


「…………」

「光太?」


 加茂さんが石に辿り着く直前になって、俺は無言でその石の前に立った。


「…………(ぼすっ)」


 当然、加茂さんの顔は俺の胸に衝突した。

 そんな彼女の背中に手を回して、抱き留める。


「…………(ぱちくり)」


 加茂さんは驚いたように俺を見上げ、目を瞬かせている。


「やらせておいて何だって思うかもしれないんだけどさ」


 気にしなくていいと背中を押したのは俺だけど、思ってしまったのだ。


「成功させたくないなって」


 成功目前に邪魔されて、怒られても仕方ないと思っている。それは全部受け入れようと思っている。


「俺がゴールってことで、満足してくれないか?」


 だけど、石に辿り着かせることだけはさせたくない。


「…………(ふふっ)、…………(ぎゅー)」


 加茂さんは怒ることなく、柔らかい笑みを向けてくれた。俺の背に手を回して、抱き締めてくれた。


「ありがとう。ごめんな、面倒な彼氏で」

「…………(ふるふる)」


 幸福に包まれている。ここに来て良かったなぁと、しみじみ思った。

「何だこの茶番」

「150点!」

「それ上限100じゃなかったんだ」

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