思惑と善意の交錯
男子におぶられるのは初めてだった。だから、石村に乗れって言われた時は、口には出さなかったけど少し抵抗があった。
いくら善意でも、やっぱり異性だし。多少は気にする。だけど、桃は体力保たないし、加茂ちゃんは小さいから体格的に難しい。
それに、勝手に怪我して迷惑をかけてるのは私だ。"おんぶは嫌"なんて我が儘言って、皆の足を止めさせる訳にはいかない。ただでさえ引っ張ってる足を、更に引っ張りたくはない。
――でも、今は素直に我が儘言えばよかったと後悔してます。
「怖い怖い怖い怖い!」
「落とさねーって!」
「そういう問題じゃなああああああい!」
石村は私をおぶりながら坂を勢いよく駆け下りていた。
落とさないって言われても、走ってたら背中なんて安定しないし、とにかく凄い揺れる。首に腕回して必死にしがみついていても怖い。遊園地の絶叫アトラクションとかより数百倍怖い。トラウマになりそうなレベルで怖い。距離とか気にする余裕も、当然ない。
「鈴香!」
「ひっ」
今度は急ブレーキをかけられ、しがみつく力を強める。止まるなら止まると先に言ってほしかった
……まあ、止まってくれたからいいや。振り落とされて坂を転げ落ちるようなことが起きずに済んでよかった。一生物のトラウマを植え付けられなかったことに、安堵の息を吐く。
「何してるのよ」
すると、神薙さんの酷く呆れたような声色が前から聞こえた。
「神薙の知り合い?」
「ええ、ちょっとね……」
「幼馴染な!」
「ああ、例の」
「そう、例の」
神薙さんは班の人に"例の"という言葉だけで説明している。石村、神薙さんのクラスでどういう認識されてるんだろう。
というか、神薙さん本当に居たね。石村の見間違いじゃなかったんだ。
「九杉達は?」
「この先に居るぞ。俺は鈴香が見えたから会いに来ただけ」
「……あっそ。そっちの班はもう清水寺行ったの?」
「これから。鈴香達もだろ? 一緒に回ろうぜ」
「それあんたの独断で決めることじゃないでしょ。単独行動してんじゃないわよ」
「西村も居るから単独じゃねーよ?」
「私はただの巻き添えなんだけど!」
私はおんぶされているせいで離れられないだけだ。好きで一緒に居る訳じゃない。
「今回は悪いけど、自分の班に戻りなさい」
「えー」
「えー、じゃない。こっちは私だけじゃないんだから……知らない人と回るとか急に言われたって嫌に決まってるでしょ」
まあ、言われてみればそうだ。私達が面識あるのは神薙さんだけ。他の班員の人は見たことがあっても、ほぼ初対面と言ってもいい。神薙さんが気にする気持ちも分かる。
「私達は別にいいよー?」
「俺らもいいよ」
けれど、驚くことにそんな神薙さんの心配は杞憂に終わり、秀人の提案は快く受け入れられてしまった。
「え、本当にいいの? 嫌なら正直に言って?」
「全然嫌じゃないよ。それに、神薙さんの幼馴染の班ってことはあの子も居るんでしょ? 綺麗な髪色してる筆談の子」
「……九杉のこと?」
「そうそう。体育でちょっと面識あるけどほとんど話したことないから話してみたい」
「それな」
神薙さんの班の人達、皆やけにノリ良いなぁと思っていたけど、そういうことだったんだ。
最近忘れかけてたけど、加茂ちゃんって学年だと割と有名人な方だっけ。
普段が筆談だからホワイトボードをよく持ち歩いていて、髪も凄い綺麗な色してるからかなり目立つ。運動神経も抜群で、体育でチーム分けをするような種目では引っ張りだこになっている。その上、明るくて人当たりが良い。話してみたくなる気持ちもよく分かる。
「それじゃ早速会いに行こー!」
「おー」
「え、ちょっと!?」
神薙さんを追い抜いて、班の人達はノリノリで坂を登っていく。
私達を置いて先に会いに行ったら確実に「誰?」って言われると思うんだけど……ま、いっか。皆なら大丈夫だよね。
「私、班長なんだけど……」
それはご愁傷様です。
「うっし、俺らはゆっくり行こうぜ」
「はぁ……」
嬉しそうな石村に対して、神薙さんはため息を吐いて嫌そうな反応を見せる。
お月見の時もそうだったけど、神薙さんは石村と話してる時だけ露骨に冷たい態度を取っている。もしかして、石村のことあまり良く思ってないのかな。
「……さっきから聞くタイミングなかったから今聞くけど、西村さん、どうしたの?」
石村のフォローをするべきか迷っていると、神薙さんは石村ではなく私に話しかけてくる。
「こいつ、伏見稲荷で足捻ったんだよ」
すると、私が答えるよりも先に石村が答えた。
「え、大丈夫なの?」
「う、うん」
「光太が手当てしたし、その後ほとんど歩かせてねーからな」
「へー……もしかしてずっとおんぶしてるの?」
「まあな」
「秀人にしてはやるじゃない」
「へへっ」
感心する神薙さんに、石村は得意げだ。
そして、石村と神薙さんは歩きながら、今日回った場所についての談笑を始めた。
始めはあまり仲良くないのかと思ったけど、私の気のせいだったみたいだ。お互いに下の名前で呼び合っているし、結構良い感じの雰囲気に思える。私が石村のフォローをする必要もなさそう。
「へー、金閣寺行ったのか。どうだった?」
「思ってたより眩しくて驚いたわ。実物はやっぱり違うわね」
「うわー、それ聞くと俺も行ってみたかったなー」
二人で楽しげに談笑しているのを聞きながら、ふと思う。
私、お邪魔虫なのでは?
あと、今更かもしれないけれど、神薙さんの前で石村におんぶとかされているのも駄目だと思った。
神薙さんが石村のことをどう思ってるかまだ分からないけれど、少しでも勘違いされるような事は極力避けないと。
「石村、下ろして」
「は? いきなり何だよ」
「もう歩けるから下ろして」
普通に歩けるかと聞かれると微妙だけど、痛みはかなり和らいでいるから歩けないこともない、と思う。
「マジ?」
石村は私の言葉を疑いもせず、すぐに下ろしてくれた。
「いっ……」
捻った方の足が地面に着くと、ズキッと痛みが走り、声が漏れてしまう。
「嘘なんじゃねーか」
その声が聞こえてしまい、石村からは呆れ声が返ってくる。
「嘘じゃない」
「いいから乗ってろよ……」
「やだ」
面倒臭そうにしながらも、もう一度その場で屈もうとしてくれる石村の厚意を私は拒んだ。
「我が儘言うな。まだ歩けねーんだろ?」
「ゆっくりなら歩けるし」
「この坂登り切るのにどれだけ時間かけるつもりだよ。俺がおぶった方が速い」
「さっきゆっくり行こうって話したじゃん」
「それにしてもだわ。光太達待たせ過ぎんのも悪いだろ」
「二人は先行ってていいよ!」
「できるか! ……そもそもお前置いていったら意味ねーだろ!」
ちっ、バレたか。なら、次の作戦だ。
「石村疲れてるじゃん。無理しないでよ」
その名も「優しさには優しさを」作戦!
「してねーよ」
――即否定されてしまった。
「嘘だ!」
「嘘じゃねえ」
さっきまでぜーぜー言ってたじゃん。今は確かに言ってないけどさ。
……本当に疲れどこ行ったの? これも好きな人の前だから? そう考えるとやっぱり恋の力って偉大だね。恋愛万歳。
……じゃないよ。疲れてなかったらこの作戦使えないじゃん。
「疲れてないなら腿上げ百回やって」
「誰がするか。疲れさせようとしてくんな」
くっ、石村の癖に手強い。騙されてもくれない。
……こうなったら最後の手段だ。
おんぶしてくれていたのは善意だから。それが分かっていたから、言うつもりはなかった言葉。
だけど、全てはカップル成立を応援するため。そして、神薙さんに勘違いさせないようにするためにも、ここではっきり言わなければならない。
「そ、そんなに私の体触りたいか! 変態!」
「はぁ?」
突然の罵倒に、石村は心底意味が分からないとでも言うように眉をひそめた。そんな彼に、私は本音を混じえた言葉をぶつける。
「私、男におんぶされるとか正直かなり抵抗あったんだからね! 怪我したのは自分のせいだから、皆に悪いと思ってずっと我慢してたけどさ!」
"かなり"は嘘。痛みで歩くことすら辛かったから、おんぶしてくれて助かった気持ちはある。感謝もしている。
だけど、異性だから抵抗があったというのは本当。悪いと思って言えなかったのも、本当。
「そういう訳だから、私は石村におんぶされたくないの!」
「じゃあ、どうすりゃいいんだよ……」
私の我が儘に、石村は珍しく困った様子を見せてくる。
"異性だから"なんて理由、狡いのかもしれない。言えば、石村が何も言えなくなるのは予想できたことだから。やってることはただのゴリ押しだし。
でも、石村に今までの理由の中で一番効いている。
このままゴリ押せば、私の思惑通りに二人きりが実現しそうだ。
これでようやくお邪魔虫が退散できる。私は内心で安堵していた。
「それなら、私がおんぶする?」
――神薙さんにその提案をされるまでは。





