ダブルヴィレッジ恋愛トーク
西村さん視点。
私は赤宮君に手当てをしてもらった後、近くにあった休憩所で足を休めていた。
「いつまでもそんな辛気臭い顔してるなよ。その足じゃ仕方ねーだろ」
そして、何故か石村も居る。
「わ、分かってるよ」
元々、私達の班は皆で伏見稲荷の山頂を目指す予定だったけれど、私が足を痛めたせいでその予定が中止になりかけた。
折角の修学旅行、高校生活で一度しかないもの、皆で立てた予定……それが自分のせいで潰れてしまうのが嫌だった。
だから、皆には予定通り山頂へ登ってもらって、私は休憩所で皆の帰りを待つことを提案したら……。
『え、全員で登らなくていいの? なら俺も待ってるわ』
そんなことを石村が言い出して、今の状況に至っている。
「ねえ」
「ん?」
「石村は行かなくて本当によかったの?」
「……はあ?」
石村は"何言ってんだこいつ"みたいな顔で私を見てくる。
「さっきも言っただろ。聞いてなかったのかよ」
「き、聞いてたけど!」
元々寺には興味がない。山登りはもっと興味ない。石村はそう言って、桃達を見送った。
そんな石村の言葉を、私は信じていない。石村は加茂ちゃんと同じで、じっと待ってるようなことは苦手なタイプだ。
伏見稲荷に来る前だって、加茂ちゃんにどちらが先に頂上に着けるか勝負を仕掛けようとして、赤宮君に止められていたぐらいだった。だから、山登りに興味がないというのは嘘だって言い切れる。
残ってくれたのは、多分、一人になる私に気を遣ってくれたんだと思う。
「足、どうだ?」
やっぱり。私の足の心配をしてくるのが良い証拠。
「少し痛いかな。でも、赤宮君が巻いてくれたテーピングのおかげで結構楽だよ」
「光太の奴、まさか修学旅行にまで自前の救急箱持ってきてたとはなー……保健委員より保健委員してるだろ、絶対」
「ねー」
いきなりリュックから箱を取り出した時はビックリした。話を聞いたら昨日も持っていたらしくて、それも割と衝撃の事実だった。
「暇だし、俺の好きな人の話でもするか」
「待って脈絡無さすぎない?」
「こういう話好きだろ?」
「大好物です」
でも、今に限っては意味分からないよ。私にしては珍しく個人的趣味と困惑がせめぎ合ってるよ。感情ごちゃごちゃだよ。
「石村、変な物拾い食いでもした?」
「してねえわ。何でそうなるんだよ」
"何でそうなる"はこっちの台詞なんだけどなぁ……まあ、いいや。
「それじゃあ早速、お名前からどうぞ」
「お、テンション戻ってきたな」
「考えるだけ馬鹿らしく思えてきたので」
「そういう切り替えの速さ、俺は好きだぞ」
「まさか好きな人って私……!?」
「寝言は寝て言え」
ほっ。
「先に言っとくけど、西村も面識あるぞ」
「え、誰だろ。クラスの人?」
「違う。神薙鈴香。加茂さんの家で月見した時に居ただろ」
「あー、神薙さん………………神薙さん!? 嘘ぉ!?」
「嘘じゃねーよ」
石村に好きな人が居るって話は聞いていたけれど、まさかこんなに近くに居たなんて……。
「ぜんっっっっぜん気づかなかった」
「まあ、他クラスだしな。それに、鈴香と話したのって月見の時だけだろ?」
「いや、何回か会ってるよ。体育の時とか」
「あ、そうなんだ」
そう、何回か話してる。好きな人とか居ないの?っていう直接的な話はしていないけれど、加茂ちゃんが大好きな人なんだなーっていう人となりは把握している。
「それなのに……カプ厨、一生の不覚っ……」
「お前の中のカプ厨って何なの?」
「私の存在意義」
「…………」
即答したら白けた目を向けられた。解せぬ。
「……って、私の話はどうでもいいよ。それより石村の話。神薙さんのどこが好きなの?」
「全部」
「わー即答。でももう少し具体的な言ってほしいなー」
「そう言われても。実際全部好きだし」
「わぁ……」
一切照れることなく真顔で好意を吐露していて、何だかこっちの方が顔が熱くなってしまう。
数多の恋バナを聞いてきた私だけど、これは今まで見たことがないタイプだ。とても良いと思います。
「じゃあ、いつから好きなの?」
「小学生の頃から」
「小学校同じなんだ」
「ああ。でも、中学卒業と同時に向こうが引っ越してさ。高校で奇跡的に再会できた」
「何それ運命じゃん……!」
「だろ?」
凄いキュンキュンする。まさか石村からこんなにキュンキュンする恋バナが聞けるなんて。というか、現実にそんな話があるなんて。
「石村、ちょっとタイム。このままだと私が尊死ぬ」
「早くね?」
私もここまで多量のキュンキュンが供給されるとは思ってなかったよ。
「一旦、別の話しよう」
「仕方ねーなー。じゃあ、俺からも聞いていい?」
「うん?」
「いつも人に聞いてばっかりだけど、西村は好きな人とかいねーの?」
「いないね」
迷わず答えれば、石村は懲りずに続けて訊ねてくる。
「気になってる奴は?」
「いないいない」
「昔好きだった奴とか……」
「ないねぇ」
「一人も?」
「一人も」
「他人の恋愛好きな癖に自分は何もねえのかよ。つまんねー」
「ご期待に添えられなくてごめんねー」
私は他人のイチャイチャを眺めるのが好きだ。パートナーと幸せそうにしているのを見ると、私も幸せになる。
「あ、そうだ。なら、誰かに告られたことは?」
「え…………」
――石村からの質問が、私の脳裏に過去の出来事を過らせる。
それは過去に私が犯してしまった過ち。多少なりとも憧れがあった恋愛をする気になれなくなった理由。
「おー、あるんだ。意外」
"ないよ"と私が声を出して否定する前に、石村はまるで本当の答えを見透かしているかのように呟いた。
「ま、まだ何も言ってないっ」
「黙ったのが良い証拠だろ」
「うっ……べ、別の話にしない? ほら、桃と山田の話とかっ」
「興味ねーから却下」
「ふぐぅ」
話題を逸らすために出した別の話題は、私が話を広げる前に叩き落とされてしまう。
「たまには西村のこと聞かせろよ。ここに俺を拘束した詫びとして」
「……やっぱり登りたかったんじゃん」
「まあな」
石村は否定しなかった。もう、私に気を遣っていることを隠すのはやめたらしい。
狡いと思う。そんな言い方をされたら私に拒否権はない。話さないといけなくなってしまう。石村に気を遣わせて、拘束させてしまっているのは事実だから。
「……あんまり面白い話じゃないよ」
私は一言保険を掛けてから、昔の話を始めた。





