千本鳥居と撮り取られ
「これが千本鳥居……」
「…………(ほえー)」
俺達が次にやって来たのは、加茂さんと桜井さんが希望していた伏見稲荷大社の千本鳥居。
テレビで見るのと実際に目にするのとではやっぱり違うもので、何本もの鳥居を潜り続けていると、まるで別の世界に迷い込んでしまったのかと錯覚してしまう。そんな非日常を感じていた。
『異世界に来たみたい』
隣を歩く彼女も俺と同じ感想を抱いていたらしく、ボードで俺に伝えてくる。
「本当にな」
感想が被っただけでも、何だか少し嬉しかった。
「欲を言えば、紅葉も一緒に見たかったけどねぇ。絶対映えるだろうし」
「そうだね」
「仕方ないことだけど、折角京都来てんのにそこだけ損した気分になるよなぁ」
後ろでは度々鳥居や俺達を撮っている西村さんがぼやいており、桜井さんや山田も同意している。
紅葉の時期はもう少しだけ先だ。既にほんのりと色付いている木もいくらかは見られるが、まだまだ紅葉とまでは言えない。俺もそこは少し残念ではある。
「まあ、鳥居に男女の構図も素晴らしくはあるけどね!」
「ここまで邪なこと考えながら鳥居潜ってる奴もなかなか居ないよな」
「失敬な、神聖と言ってほしいよ」
……失礼ながら、俺も秀人の突っ込みに全面同意である。神聖はない。
「神聖かどうかは置いといて、この鳥居って本当に千本あんのか?」
「なーんか引っ掛かる言い方だけど、私もそれは気になるからここは見逃してあげる。どうなんだろうね?」
「実際は800ぐらいしかないらしいぜ」
「え、マジか」
秀人達の何気ない疑問に答えたのは山田だった。千本鳥居という名前が付くぐらいだから俺は疑いもしなかったが、実際はどうやら違ったらしい。
「何で千本ないのに千本鳥居って言うんだろ」
「それぐらい沢山の鳥居があるってことを意味してるんだってよ」
「へー」
『じゃあ本当は
八百本鳥居?』
「語呂悪っ」
「急にグレードダウンしたな」
「その名前はちょっと嫌だね……」
八百というのも普通に凄い筈なのだが、妙に名前に物足りなさを感じてしまう。桁が一つ減ったせいだろうか。不思議だ。
「まあ、この山全体で言えば一万あるらしいからそんなに気にする事じゃねえって」
「一万!?」
「そ、そんなにあるんだ」
「詳しいな?」
「俺、こういう寺とか神社巡るの好きなんだよ」
「へぇ」
初めて知った。そういえば、山田の定期テストって、日本史の点数だけは毎回高かったような。それが理由だったのか。
「ってことは、今回の修学旅行ももしかして結構楽しみだったり?」
「ああ。まあ、伏見稲荷は中学の修学旅行で一回来てるけど」
「え、言ってよ! それなら別の場所に変えたのに」
「何言ってんだよ、こういうのは何回来ても楽しめるもんだぜ。それに、皆にもこの鳥居は見て欲しかったし」
「山田……オタクの鑑だよ……!」
「それって褒め言葉か……?」
「勿論!」
西村さんは謎の感激をしながら山田にカメラを回し始め、山田はそんな彼女のテンションに困惑していた。
その山田の後ろからは桜井さんが顔を出し、写真に写り込み始める。自分から写り込みに行くなんて珍しい……と思ったが、どうやら山田との2ショット目的のようだ。
「良い、良いよ二人ともっ……」
「撮るのはいいけど息荒くすんのはやめてほしいなぁ」
「まあまあ、折角撮ってくれてるんだから、ね?」
「桃もここでは自制してくれよ……?」
……前に軽く相談を受けた時も思ったが、苦労してそうだな。色々。
「ん、どうした?」
加茂さんに腕を引かれて見れば、ボードには心配の言葉が書かれていた。
『いっぱい撮ってるけど
容量とか大丈夫かな?』
「……西村さん、加茂さんがそんなペースで写真撮ってカメラ容量大丈夫かって心配してるぞ」
時刻はまだ正午過ぎ。この伏見稲荷もまだ半分も回っていない。
ここを回ったら清水寺にも向かう予定で、修学旅行は明日もある。加茂さんの心配も妥当なものだ。
しかし、加茂さんの心配は杞憂に終わった。
加茂さんがボードに書いた心配の言葉を西村さんに伝えると、西村さんは「ふっふっふっ」と怪しげな笑みを浮かべ、カメラを上に掲げて言ったのだ。
「この日のために新品のSDカード用意した私に抜かりはないのだよ加茂ちゃん!」
「…………(おおー)」
「ってことで、加茂ちゃん達も撮ろう!」
来るだろうなとは思っていたが、やはり次の標的は俺達らしい。
「…………(ぴーす!)」
加茂さんは俺の腕に手を回すと、ピースサインをカメラに向けて笑みを浮かべる。
俺も加茂さんに倣ってピースサインをカメラに向けると、西村さんはカメラのシャッターを切り始めた。
「赤宮君表情固いよー」
「そう言われても、写真苦手なんだよ」
カメラを向けられると、何故か笑うのが難しくなってしまう。小学生の頃は笑顔なんて簡単に作れたのに、不思議なものだ。
だから、カメラを向けられて素直に笑顔を作れる加茂さんが羨ましく思う。
「…………(にっ)」
そう思いながら加茂さんを見ていると、視線に気づいた彼女は俺に見本を見せるかのように自分の両頬を指で持ち上げ始めた。
デジャブを感じる。こんなことが前にもあったような……加茂さんが可愛いからどうでもいいか。
ということで、俺もポケットからスマホを取り出して、彼女を至近距離から撮り始める。
すると、加茂さんも対抗してスマホを取り出し、俺のことを撮り始めた。西村さんは依然として俺達を撮り続けている。何だこれ。
「西村って人のこと撮ってばっかりだよな」
お互いに連写し合っていると、秀人がそんなことを言う。
「そりゃまあ、写真係ですから。それに私、自撮りはあんまり得意じゃないからねぇ」
「じゃあ、代わりにこっちで撮ってやるよ」
「……へ!? え、あ、いやっ、いい、いいよ! 私は撮らなくていいからっ!」
秀人がスマホのカメラを向けると、西村さんは珍しく慌てた様子で、そのカメラから逃れようと両手を振りながら忙しなく左右に動き始めた。
「遠慮すんなよ。っていうかもう撮ってる」
「肖像権侵害だ!」
「お前が言うか……って、西村、そこ足元危ね――」
「――っと、と……!?」
西村さんは足元の石畳と砂利の境目に足を取られて体勢を崩しかけるも、どうにか持ち堪える。
「…………」
しかし、すぐに無言でその場にしゃがみ込んでしまう。
「し、詩穂?」
「どうした……?」
俺達が声をかければ、西村さんは徐に顔を上げる。
「……足ぐねったぁ」
そして、半泣きの顔でそう言ったのだった。





