加茂さんと成績確認
月曜日、未だ治りきらない足の捻挫を抱えての登校。
痛みはあるが、歩く分には辛くない程度までには回復している。昔から体は頑丈な方で、怪我が治るのも人より早いのだ。
そして、今日はいつもより早く目覚めたので、登校時間もいつもより早い。だから、俺が教室に来ても誰もおらず、珍しくクラス一番乗りの登校だった。
俺は荷物を机の横に掛けた後、他にすることもなく、大人しく席に着いて机に突っ伏した。
テストと体育祭が終わったせいだろう。学校で心からのびのびできる時間が久々に感じた。
「……ん」
束の間の堕落感に浸っていると、誰かが教室に入る足音が聞こえる。
音に釣られて顔を上げると、加茂さんが目をぱちぱちと瞬かせてこちらを見ていた。
「おはよう」
『おはよう!』
俺の挨拶に、加茂さんは慌てた様子で文字を書いて返してくる。
どうして慌てるのだろうと一瞬考えたが、加茂さんはいつも俺が登校する前に、朝の挨拶を予めボードに書いていたことを思い出す。
しかし、今日は俺が先に登校していた。だから、その準備ができてなくて俺のために慌てたのだと思う。
……まあ、考え方が自意識過剰と言われても仕方ないので、この憶測に自信はあまりないのだが。
ふと、彼女の膝をチラ見する。そこには大きな絆創膏が貼られていて、血が滲んでいる。
「膝、大丈夫か」
「…………(ぴーす)」
加茂さんは笑ってピースサインを向けてきた。無理をしてるようにも見えなかったので、一安心する。
彼女は荷物を自分の席に置くと、ボードに文字を書き始める。俺はいつものように、彼女の言葉を待った。
『テストの順位
一緒に見に行かない?』
加茂さんに言われて思い出した。そういえば、もうそんな時期か。
――今更だが、この学校はそこそこの進学校である、
それが理由なのか、大きなテストがあると、学年ごとに総合成績順位が職員室近くの廊下に一挙に貼り出される。勿論、全校生徒の。
だから、いくらテストの点数を隠しても、頭の良し悪しはこれで一発でバレるのだ。
プライバシー? そんなものはない。恥ずかしいなら真面目に勉強するべし。
「ああ、いいぞ」
俺は順位に興味がないので、いつもは秀人伝いで聞いていた。
でも、たまには自分で見に行くのもいいだろう。そう思って、俺は加茂さんの誘いを受けた。
「…………(ゴーゴー!)」
加茂さんは体を廊下に向けた上で、拳を真っ直ぐに突き上げる。そして、早速歩き出した。
俺はそんな彼女の後ろ姿を見て微笑ましく思いながら、後に続いた。
* * * *
「…………(わーい)」
「よかったな」
順位表を前に、加茂さんは両手を上げて喜びを表現している。
彼女の順位は、400人中291位。平均……と言うには少し厳しい順位だ。
「加茂さんっていつも何位ぐらいなんだ?」
『それ聞いちゃいますか( °ω° )』
加茂さんは引き攣った顔で俺に文字を見せる。
そして、彼女は一時葛藤し、意を決した表情でボードに書き始める。
できれば、平均順位言うだけのことにそこまでの覚悟は乗せないでほしい。決意が重い。
『300位台』
「やっぱりな」
『やっぱりとは!?』
ショックを受けているところ悪いが、表情でおおよその順位の想像はついてしまっていた。言いづらいということは、良くはないのは確定だったし。
まあ、つまりだ。今回の順位は、加茂さんにとってはそこそこ良い順位だったということになる。
「200位台おめでとう」
「…………(ずいっ)」
「お、おい」
加茂さんは俺に顔を近づけ、むすっとした表情でじっと見つめてくる。視線を少しだけ下に向ければ、ボードには既に次の文が書かれていた。
『赤宮君も何位か白状しなさい』
「白状って」
『言いなさい(°言°)』
「加茂さん落ち着け」
『言って(°言°)』
「言う、言うから……その、近い」
「…………(ぴたっ)」
俺が指摘して初めて、加茂さんは顔の近さに気づいたようだ。詰め寄ることをやめ、気まずそうに一歩退がる。
……あと、加茂さん、確実に書くスピードが上がっている。今の会話の応答も、顔文字含めた一文に三秒かかってないぞ。
「…………(じーっ)」
「……あそこだよ」
「…………(ぱっ)」
俺は後ろめたい気持ちを抱えながら、順位表を指差す。
加茂さんは俺の指を頼りに、順位表を見つめる。俺の名前を探すのに、そう多く時間はかからなかった。
「…………(ぽかん)」
「ご感想は?」
俺の名前を見つけて固まる加茂さんに声をかける。彼女は再起動すると、大きく二文字をボードに書いた。
『凄い』
「……ありがとう」
今回の俺の成績は、学年11位。俺にとっては大した成績ではなく、いつも通りの成績。
だからといって、加茂さんに"いつものことだ"なんて言えば、完全に嫌味な奴である。それぐらいは分かる。
言うのが少し後ろめたかった理由も、加茂さんとは正反対と言えた。
200位台で両手を上げて喜ぶ彼女に、水を差すような真似をしたくなかっただけだ。
『赤宮先生は
天上のお方だったのですね』
「違う。あと、先生もやめてくれ」
『赤宮様(´人`)』
「もっとやめろ」
俺の順位を知った途端、妙な畏まりを見せる加茂さんに俺はげんなりする。
そして、彼女のこの妙な畏まりは、朝のショートホームルームの時間まで続いたのだった。
〜作者の補足コメント〜
本編では触れていませんが、今日から夏服仕様になっております。
二人とも、服装に無頓着なので会話に出てこないのですよ……(´・ω・`)





