それぞれの夜
「こいつ超ムカつく!」
「こういう人、現実でもそうそう居ないよねぇ」
夜の自由時間も終わって部屋に戻ってくると、皆はテレビドラマを観ているようだった。
そして、布団は既に敷かれている。消灯時間まであと三十分はある……と思っていたんだけど、もしかして時間間違えてた?
「あ、加茂ちゃんおかえり。大丈夫だよ。早めに布団敷いといただけだから」
慌てて部屋の時計を確認していると、桃ちゃんが私に気づいて教えてくれた。
その声で、テレビを見ていた他の皆も私に気づいて声をかけてくる。
「加茂ちゃんおかえりー!」
「おかえりぃ」
『ただいま戻りました
( ╹ω╹ )ゞ
何見てたの?』
「フラグブレイカー脱獄犯K。今終わったところだよー」
そっか。今日って日曜日だっけ。
"フラグブレイカー脱獄犯K"――冤罪で捕まった主人公の男の人が自分の冤罪を証明するために脱獄して、黒幕の組織と戦いながら逃げて証拠を集めていくという毎週日曜の夜にやっているドラマ。
私の家でも毎週録画していて、ハラハラしながらお母さんと一緒に見ている。考察とかは難しくてよく分からないけれど、スリルがあって分かりやすくかっこいいアクションがあるドラマは結構好きだったりする。
『家帰って見るから
ネタバレしないでね』
「どうしよっかなー?」
『絶対やめてね!?』
迷うように言ってくる茅ヶ崎さんに念を押す。
ネタバレされたら私泣くよ。泣いちゃうよ。今夜は夜泣きで寝かせないよ。
「ふふ、私達より男を選ぶような人には言っちゃおうかなー」
「…………(えっ)」
「あんまり加茂ちゃんいじめないの」
「え、桜井さん何で手掴むのぉあぴゃあ!?」
「こちょこちょこちょ」
「ひっ、やめ、あはははは!」
突然桃ちゃんに後ろ手を拘束されて小谷さんにくすぐられた茅ヶ崎さんは、大きな声で笑い出す。
必死に逃げようともがくけれど、桃ちゃんはしっかり茅ヶ崎さんの手を掴んで離さない。桃ちゃん、結構力強いんだよね。逃げるの大変だろうなぁと他人事のように思う。
「因みに、加茂ちゃんは赤宮君と満足にイチャイチャしてきたのかな?」
くすぐられてる茅ヶ崎さんをスルーして、詩穂ちゃんが私に訊ねてきた。
「…………(えへへ)」
「うんうん、その顔はお楽しめたんだねぇ」
「加茂ちゃんって本当に分かりやすいよねぇ」
赤宮君との時間を思い出して頰を緩めていると、詩穂ちゃんと我妻さんに優しい眼差しを向けられる。
その視線は少しの居た堪れなさを感じるものだったけれど、悪い気はしなかった。
「うへぁっ!? ひゅっ、いひひひひっ!?」
「……小谷っちはそろそろくすぐるのやめてあげなぁ?」
「まだ早いと思う」
「ちがっちゃん窒息しちゃうよぉ」
「ここからが本番なのに」
物足りなさそうにしながらも小谷さんが手を止めて桃ちゃんも手を離すと、茅ヶ崎さんはその場の布団に突っ伏すように倒れ込む。
「……すやぁ」
そして、そのまま眠りに落ちてしまった。
「……ちがっちゃん、寝るの早いねぇ」
「我妻さん、その一言で片付けるのもなかなかだと思う」
私もそう思う。
▼ ▼ ▼ ▼
布団を敷き終わって早々、石村が枕を掲げながら声をあげた。
「枕投げしようぜ!」
「待ってたでぇ!」
その声に便乗したのが新聞部の千葉将暉。西村さんと違い、恋愛以外の噂話にも詳しいうちのクラスの情報通である。
「まあ、定番だよなぁ」
「そうだね」
山田や岸田、他の男子達も二人の勢いに釣られて、仕方ねえなぁと言いながらもノリノリで枕を準備し始める。
俺は正直、明日も早いし寝る前に疲れたくはないので端っこで座って観戦することにした。
そうして始まった枕投げ――。
「おりゃっ」
「ぶっ」
開始早々、秀人が投げた枕が俺の顔面に飛んできた。
流れ弾でも何でもないのは見ていたから分かる。明らかに俺に向かって投げてきやがった。
「おい」
「何そこでぼーっとしてんだ。全員強制参加だぞー」
「やらねえよ疲れるし」
「ビビってんのかー?」
「あ゛?」
ビビってる? 誰が? 俺が?
「……やってやろうじゃねえか」
売られた喧嘩は買ってやろう。
「ふっ!」
「甘いっ!」
俺が投げた枕は、易々と受け止められてしまう。やはり正面からは駄目か……。
「――っ!?」
俺が枕を持つ正面の秀人に身構えていると、横から枕をぶつけられた。
「敵は一人じゃないよ」
「そういうこった――あだっ!?」
俺に枕をぶつけてきた岸田の声に便乗して秀人が不敵に笑った瞬間、秀人もまた、俺と同じように側面から枕に襲われた。
「はははは! ぼーっとしとるな石村ぁ!」
秀人に枕をぶつけたのは、最初に枕投げに賛同していた千葉だった。
「こんのっ……オラァ!」
「ふ、甘え!」
秀人の全力投枕を千葉はしゃがむことによってギリギリで避ける。
大して距離離れてないのに避けるとか、反応速度凄えな。少し感心しながらも千葉の頭上を通り過ぎて飛んでいく枕を見れば、その枕は部屋の入り口の扉の方へ。
――その時だった。扉が開いてしまったのは。
「おーい、お前らそろそろ消灯のぶっ」
「あ、やっべ」
石村の大遠投した枕が、佐久間先生の顔面にクリーンヒットする。
佐久間先生の声の後の石村が漏らした声に、部屋の空気が凍り付く。誰もがやらかしたことを確信して、固まってしまう。
流石に誰も声をかけないのは不味いだろ……とは思ったが、俺も先生に声をかける勇気はない。というか、枕投げ反対派だったから、できれば無関係を装いたいのが本音だった。
――そんな沈黙を最初に打ち破った勇者は、岸田だった。
「さ、佐久間先生も一緒にどうです?」
「…………」
「……な、なーんて」
「ふ、ふふっ」
岸田の突拍子もない提案に対し、佐久間先生は不気味な笑い声を漏らしながら俺達の部屋に入ってくる。
まさか本当に参加するのだろうか。こんなにノリが良いとは思わず困惑する俺達をよそに、佐久間先生は落ちている枕を拾い上げる。
「ふんっ」
「へ?」
そして、岸田の顔面に向けてノールックでぶん投げた。
「ごぶっ」
顔面に枕をぶつけられた岸田はそのまま後ろへ倒れ込む。
「……すぅ」
すると、岸田はそのまま寝息を立てて動かなくなった。
……え、どういうこと? まさか、枕だけで意識刈り取られたのか?
「き、岸田ぁぁぁぁぁ!?」
「安心しろ、峰打ちだ」
「枕投げで!?」
「それよりお前ら」
意味が分からないとばかりに突っ込みを入れる千葉を無視して、佐久間先生は枕を拾い上げながら俺達に問いかける。
「先にお前らがぶつけてきたんだ。ぶつけられる覚悟はあるんだろうな?」
「いや、先生にぶつけたのは石村っ……」
「問答無用!」
「ちょ、いきなり――ぐはっ」
――その後、佐久間先生の殺意が込められた枕によって、俺達は全員漏れなく意識を刈り取られたのだった。
久々に登場したキャラや本編初登場のキャラがいるので簡単なまとめ。
『我妻千里』
マイペースで雰囲気が独特な子。間延びしたような喋り方が特徴。視力はあまりよくないけれど、眼鏡は掛けていない。
【参照話】第53話:加茂さんとお別れ?
『小谷律乃』
文化祭実行委員やってた子。大人しい性格で長文はあまり喋らず、感情が顔に出にくい。全部顔に出る加茂さんとは真逆。たまにSっ気が見え隠れする。
【参照話】第90話:加茂さんと最近慣れたこと
『茅ヶ崎彩花』
クラスの体育委員。体育祭が終わった後日、学校で二人にゲーセンで取ったリアル動物キーホルダーをあげてた子。くすぐりにめっぽう弱い。
【参照話】第40話:加茂さんに俺ができること
『千葉将暉』
本編初登場。関西弁気味なのに出身は北海道という謎。部活は新聞部。好きなものは噂話。クラスの情報通。秀人がたまに仕入れてくる噂話は大抵この人からの情報。
『岸田翔真』
体育祭の二人三脚で緊張してた二人に声かけてくれた子。眼鏡キャラ。先導して何かをするより人をフォローして支えるのが得意。光太に似てるかも。普段は大人しいけど意外と悪ノリ好き。
【参照話】第18話:加茂さんは俊足





