加茂さんは晴れ女
待ちに待った修学旅行当日の朝。
少し早めの時間に集合場所に着けば、まだ閑散としているその場所に亜麻色髪の後ろ姿を見つけた。
「おはよう」
「…………(びくっ)」
後ろから声をかけると、加茂さんは驚くように肩を震わせる。それから、ゆっくりとした動きでこちらに振り返った。
「…………(かぁぁぁ)」
俺と目が合った瞬間、加茂さんは目を見開きながら顔を真っ赤に染め上げる。そして、片手で自分の首元を押さえて俯いてしまう。
やっぱり引きずってるよなぁ。目の前の彼女のあからさまな反応に苦笑する。悪戯とはいえ、昨日のあれは自分でもやり過ぎたと思う。
昨日は家に帰ってから気づいたが、加茂さんがこうなるのは少し考えればあの場でも気づけた筈だ。いや、この悪戯を考えた時点でもっと考えれば、加茂さんの家に着く前には気づけたかもしれない。
それができなかったのは、俺もハロウィンの空気に当てられてしまったせいか。
「…………(ぷしゅう)」
少なくとも、修学旅行の前日にすることじゃなかったのは断言できる。
湯気が出始めている加茂さんを愛らしく思いながら、自身の浅慮を反省する。
「昨日は、いきなりごめん」
「…………(ふるふる)」
加茂さんは真っ赤な顔のまま、首を横に振った。反応からして、昨日のあれは嫌ではなかったらしい。
「ちょっと首元見ていいか?」
「…………(びくっ)、…………(すっ)」
驚きを表すように体は一瞬震わせた後、加茂さんは徐に手を下ろす。
すると、絆創膏が一つ貼られた首元が露わになった。
「……ごめん」
「…………(え?)」
「痕、恥ずかしいだろ」
当たり前だが、痕は一夜では消えなかったらしい。ブレザーの下に着ているワイシャツの襟によって多少隠れてはいるが、前から見るとチラチラと見えてしまう。そんな微妙な位置だ。
絆創膏のせいで余計に目立っているかもしれないが、絆創膏のおかげで何の痕かまでは判別できなくなっている。とりあえず、ふとした拍子に痕が周りに見られてバレることはないだろう。
とはいえ、だ。俺は加茂さんが絆創膏を貼ってまで隠したがるような事をしでかした。彼女の首元を見て、それを自覚した。
本当に、俺は何故修学旅行前日にあんな事をしてしまったのか。途端に後悔の念に駆られる。
「写真撮ったら、流石に写ると思う」
一度しかない修学旅行の思い出に、あまり写したくはなかっただろう。
――と、思っていたのだが。
『気にしないよ?』
加茂さんはいつの間にか手にしていたボードとペンでそう告げてきた。
「……気にしないのか?」
「…………(こくこく)」
加茂さんは頷くと、加茂さんはボードにペンを走らせる。
『このばんそうこうも
お母さんに貼られたんだよね』
「里子さんに?」
『私が家出ようとしたら
貼りなさい!って言われて』
「oh……」
思わず頭を抱えてしまう。里子さん、何かすみません。
「…………(びりっ)」
「ちょっ!?」
――別の罪悪感に浸る暇もなく、加茂さんは突然、自分の首元の絆創膏を剥がしてしまった。
今まで絆創膏によって隠されていた赤い点の痕が露わになると、加茂さんは再びボードを俺に向けてくる。
『だから人に見られたって平気!
むしろ私は赤宮君のものって
宣言して歩きたい!じまんしたい!』
こちらが嬉しくなってしまうような言葉を、ボードに書いて。
「加茂さんは晴れ女だな」
「…………(こてん)」
俺の言葉に首を傾げる加茂さんの頭をぽんぽんと叩く。
「…………(ふにゃあ)」
すると、彼女の表情はふやけたものに変わる。それに釣られるように、俺の頬も自然と緩んだ。
加茂さんは人の心を晴らす天才だと思う。現に、俺の心は晴れた。意図なんてしていないのだろうが、彼女の言葉に救われた。自然体だからこそ、なのかもしれない。
彼女の言葉は本心から言ってくれているのがよく分かるから、安心できる。何気ない笑みにすら元気を貰える。俺は彼女のそういう部分に惹かれたんだろうなと、改めて思う。
……まあ、それはそれとして。
「見せつけるのは俺が恥ずかしいから、絆創膏は貼ってくれ」
「…………(あっ)」
俺は加茂さんの手元から絆創膏をひったくり、彼女の首元に貼り直したのだった。





