加茂さんと初めての通話
加茂さんも驚いただろう。ビデオ通話が繋がったと思えば、唐突に俺の耳が画面に写ったのだから。
それでも、気にしてないといった返事をホワイトボードで伝えてくれた彼女には感謝した。
――そして、少し遅れて気づく。画面に映る加茂さんはいつも見ている制服姿ではないことに。
それは薄い青の、やけにゆったりとした服だった。どれくらいゆったりなのかというと、片方の肩と紐が見えてしまうくらいのゆったり感。
正直、男とビデオ通話をするには、大変よろしくない服装ではある。
恐らく部屋着だろう。ガードが甘い。彼女には男と話しているという意識がないのだろうか。
『いきなりごめんね』
「いや、全然」
……それを口に出せない俺も俺だったりするのだが。とりあえず、できるだけ気にしないことにした。というか、それしかできない。
俺は頭の中の邪念をどうにか取っ払いつつ、加茂さんに通話の理由を訊ねる。
「何か急用か?」
『無理させちゃったこと
謝ってなかった
ごめんなさい(>人<)』
加茂さんの用件は謝罪だった。俺は全く気にしてないのに、本当に律儀というか、なんというか。
それに、この怪我は自業自得。多少の無茶は俺の意思だし、加茂さんだって怪我はしている。
「気にしてない。加茂さんの方こそ、怪我は?」
『平気(≧▽≦)』
「そっか。よかった」
加茂さんの返事に、俺は胸を撫で下ろす。
そこまで心配はしてなかったものの、やっぱり気になってはいた。だから、こうして様子を聞けて良かったと思う。
「あ、そうだ」
――ふと、あることを思い出した俺は、加茂さんに確認した。
「ホワイトボード、保健室に置いていったろ。返すのは月曜日で大丈夫か?」
「…………(こくん)」
「分かった」
加茂さんに押し付けられたホワイトボードは今、俺の鞄に入っている。放置する訳にもいかなかったので、持って帰ってきた。
でも、加茂さんはこの通話にもホワイトボードを使っている。どうやら、替えをいくつか持っているようだ。
俺の用件はそれだけなので、これで話は終わりだ。加茂さんもさっきの用件だけだろうし、これ以上話すこともない。
画面に映っているのは、無言で俺を見つめる加茂さん。これは多分、俺の言葉を待っているのだと思う。
「じゃあ、切るぞ。加茂さん、また月曜日」
「…………(おろおろ)」
「……分かった」
俺が通話終了を切り出せば、加茂さんはあからさまに狼狽える。彼女は通話を続けたいらしいので、俺はそれを了承した。
「それで、何話す?」
「…………(んー)」
加茂さんは顎に指を当てて悩み始める。
予想はしていたが、話す内容もこれから考えるのだろう。マイペースな加茂さんに思わず苦笑するが、そんな彼女に俺も少しは慣れてきていた。
他にすることもないので、俺は画面に映る加茂さんをぼーっと眺めて待つ。すると、彼女はこちらをチラ見した後、ハッとしたようにホワイトボードで自分の顔を隠した。
「加茂さん?」
「…………(ちらっ)」
ホワイトボードの陰から顔を出し、こちらをジト目で見つめてくる。頰が赤い気もするが、画質のせいでイマイチ判断ができない。
加茂さんの反応待ちをしていると、彼女は文字を書いてこちらにボードを向けてくる。
『見過ぎ!』
「見てなきゃ会話できないだろ」
「…………(あっ)」
そう、俺は画面に映る加茂さんを見ていなければ会話ができない。
何が言いたいのかというと、この通話は彼女の書く文字を頼りに成り立っている。だから、画面から目を逸らせば、たちまち会話が成り立たなくなってしまう。
しかし、加茂さんの言い分ももっとも。少し見過ぎたのは素直に反省する。
だから、その反省を生かすことはできないのは許容してもらうしかない。
「結局、話す内容はあるか?」
「…………(んー)」
「……メッセージの方で話さないか?」
俺は悩んでいる様子の加茂さんに提案した。
実際、喋ってるのは俺だけだ。冷静に考えると、加茂さんが文字を書くのとメッセージで話すの、大して変わらない気がする。
そう思っていたのだが、加茂さんからの返事はすぐに来た。
『直接話す方が好き』
「通話の時点で直接ではないと思う」
「…………(むー)」
「冗談だ」
俺の一言に加茂さんがむすっとした顔になったので、俺は即座に冗談にということにした。
が、むすっとした顔から一転、彼女は寂しそうな表情をする。
『赤宮君は通話きらい?』
そんな顔でその言葉は卑怯だろう。
……そもそも、嫌だなんて一言も言ってないのにな。
「どっちでも」
「…………(ほっ)」
本当、卑怯だ。
安心した様子の加茂さんを見ていると、こちらも何故かほっとしてしまう。
加茂さんは不思議な人である。
彼女を見ていると、俺は彼女に自然と感化されてしまうというか、引っ張られてしまうというか。普段話す時だって、体育祭の時だって、気がつけば加茂さんのペースに呑まれている。
「ビデオ通話でしか話せないことを話そう」
「…………(ぽんっ)」
俺の提案に加茂さんは成る程と手を叩いた後、文字を書いた。
『赤宮君って家では
そういう格好なんだね』
「楽だからな」
加茂さんの言葉に、俺は一言で返した。俺の着ている服は、黒無地の半袖短パンという味気ない服装だ。
しかし、そうか。ビデオ通話だからこその内容なんてそれぐらいしかないよな。
流れを考えると俺も加茂さんの服装に触れるべきなのだろうが、男の俺が女の子の服装に軽々しく触れていいものだろうか。
若干の迷いはあったものの、最終的に俺は触れるべきと考えた。
「加茂さんも部屋着か?」
「…………(こくん)」
加茂さんは照れ笑いを浮かべる。その顔を見た俺の心臓は、一拍だけドキッと跳ねる。
――さらに、自分の口からは思わぬ言葉が飛び出してしまった。
「可愛いな」
「…………(っ!?)」
「……その、青い服」
「…………(ぽんっ、ぽんっ)」
加茂さんは何度も、誤魔化すように成る程と口を開けて手を叩く。
彼女が勘違いしたのも当然……というより、勘違いではない。
俺は今、確かに加茂さんを見て可愛いと言ったのだ。そして、気恥ずかしくなって服を褒めたことにしてしまった。
……俺の言葉は上手く誤魔化せたが、これは結果的に加茂さんに恥をかかせてしまったことになる。
どうにかフォローを入れなければと焦った俺は、これから更に失言を重ねてしまった。
「その、白とよく合ってると思う」
『白?』
「……あっ」
加茂さんが着ているのは薄い青地の服で、白ではない。白いのは、加茂さんの肩に掛かっている白い紐。
「…………(きょろきょろ)」
「な、何でもない。気にするな」
「…………(きょろきょろ……ぴたっ)」
加茂さんは俺の言葉に耳を傾けることなく、しばらく自分の体を見下ろす。そして、体を見るためにぐるっと頭を動かし――露出した肩を見た瞬間、動きを止めた。
「か、加茂さん……?」
「…………(がたんっ、ごつっ、がんっ)」
「加茂さん!?」
顔を真っ赤に紅潮させた加茂さんは、慌ててスマホを手に取ろうと手を伸ばす。
しかし、相当慌てているらしく、机にぶつかり、鈍い音が鳴り、スマホが机から吹っ飛び、最終的には衝撃で画面が真っ暗になった。
そのまま通話も切れてしまう。俺が急な出来事に呆けていると、加茂さんから一件の通知が届く。
[わふれてくたまさい]
……多分、[忘れてください]と打ちたかったのだろう。流れと言葉の音を考えて、思い浮かぶ言葉はそれぐらいしかない。
忘れられたら苦労はしないと思いつつも、俺はひとまず[善処する]と返信しておいた。





