テスト開始
「和哉?」
開店時間まで二時間以上。それを初めて知った俺は、真っ先に和哉に問い質した。
「いやー、久々にいっぱい話したくて……っていうのは冗談だからその拳は下ろしてほしいかなぁ!?」
危ない、"冗談"という単語があと一秒でも遅く出ていたら殴っているところだった。無駄な体力を使わずに済んでよかった。
……加茂さんが来る時間が午後でよかった。でも、まあ、後で一応連絡はしておこう。
「それで? 修学旅行前日の学生を朝早くから呼んだ目的は何だ?」
和哉に問いかけると、返答の前に御厨さんが口を開いた。
「赤宮、明日から修学旅行なの?」
「……はい」
「そうなんだ」
俺の返事に、御厨さんは事を把握したような返事を一言言って――。
「もしもふざけた理由で呼んでたらこの店長しばいていいよ」
――制裁許可を出した。
「ありがとうございます」
「一星!?」
「当たり前でしょ。高校で一番大きな行事の前日にアルバイトに呼ぶなとまでは言わないですけど、無駄に疲れさせて寝坊でもしたらどうするんですか」
「うっ……こ、この時間に呼んだのはちゃんとした理由があるから!」
御厨さんにジト目を向けられながら責められて、和哉は慌てて訳を話し始める。
「真面目な話をすると、開店前に光太にいくつかのメニューを作ってみてもらいたいんだ。今日はキッチンの手伝いもしてもらうつもりだから、その確認をちょっとね」
「「え?」」
和哉の言葉に俺は驚き、漏らした声が御厨さんの声とハモった。そして、御厨さんは和哉に詳細を訊ね始める。
「それって皿洗い以外もですか?」
「うん。でも、光太に作ってもらおうと思ってるのはあんまり凝ってないランチメニューだけだよ。それでも、今日はコーヒー作れるの俺だけだし、光太が作れれば一星の負担も減るだろう?」
「……大丈夫なんですか?」
「まあ、それをこれから確かめようかなって。光太、送ったランチメニューのレシピには目を通してくれたかい?」
「送ってきたやつは一応、家で一通り作ってはみたけど……」
「さっすがー!」
俺が答えると、和哉は鼻につく反応を返してくる。何故か大丈夫だと確信しているらしく、かなり呑気だった。
対して、当然と言えば当然だが、御厨さんは俺に疑念の目を向けてきている。
「大丈夫なの? うちのキッチンはそんなに甘くないよ」
そして、問われた。
本音を言えば不安しかない。皿洗いぐらいなら何も思わないが、まさか作れと言われるとは思わなかったから。何しろ、既に実力あるキッチン担当が二人居るのだ。俺が入ったところで邪魔にしかならない気がしてしまう。
「大丈夫大丈夫。光太って小学生の頃から家事覚え始めて、中学になる頃には一人で夕飯作ったりしてたんだ。包丁捌きは俺にも負けないぐらい実力あるし、期待していいよ」
「過剰に持ち上げるのやめろ」
無茶苦茶を言う和哉にげんなりする。和哉にそこまで持ち上げられる程、自分の調理技術に自信なんてない。
「……俺は認められない」
この御厨さんの反応も当然だ。入ったばかりの新人を認められる訳がない。
しかも、調理関係の学校に通っているのなら尚更だろう。プライドだってあると思う……と、俺は思っていたのだが。
「だから、食べてから決めたい」
「……え?」
「それでもいいですか、店長」
「いいよ」
和哉は迷わず即答した。
それから、御厨さんは踵を返してケーキを運んでくる時に出てきた奥の部屋へと戻っていく。和哉はその部屋の方ではなく、もう一つある部屋の扉を開いた。
「光太、まずは着替えようか。こっち来て」
「あ、うん」
和哉に案内されるがままに、その部屋――バックヤードの中へと入っていった。
* * * *
着替えが終わってキッチンに来ると食材や調味料は既に御厨さんが用意しており、テストは早速始まった。
一番最初に作るのはカルボナーラ。俺はレシピを確認しながら調理を進めていく。
「……手慣れてるね」
食材を切って炒めていると、御厨さんは俺をそう評した。
この言葉は悪い意味ではない筈だ。不慣れな手付きで調理するよりかは、恐らく。
カルボナーラはあまり家で作ったことがない。だから、レシピが送られてきて家の夕飯で作ってみたのだが、正解だった。もしもこのレシピのカルボナーラを一度も作らずに今日を迎えていれば、かなり手際の悪い調理を見せることになっていただろうから。
自信はない。しかし、やるからにはベストを尽くす。今の俺に作れる最高を作ってみせる。
信じてくれる和哉のためにも、今日店に来る加茂さんに恥ずかしいところを見せないためにも。まずは御厨さんに認めてもらいたい。
「光太、最近の学校はどうだい?」
――そんな意気込みを掻き消すように、和哉は調理中の俺に話しかけてきた。
炒めている最中なので一瞬だけ、そちらに目を向ければ、和哉は何かをオーブンに入れたところだった。どうやら、丁度手が空いたから話しかけてきたらしい。
「和哉、こっちは真剣だから話しかけんな」
「少しだけ! 少しだけだから! お願い!」
和哉の懇願に、少し考える。
……ここで拒否をして、この後、事あるごとに聞かれるのもそれはそれで面倒なんだよな。
「本当に少しだけにしてくれよ。マジで」
「分かった!」
仕方なく俺が折れれば、和哉は本当に分かっているのか分からない良い返事を返してきた。
「それで? 学校は楽しいかい?」
「……それなりに」
俺の返答に和哉は「へえ」とどこか嬉しそうな声を漏らす。
「彼女できた?」
そして、大変面倒な質問を投げかけてきた。
「………………どうしてそうなる」
「お、間が合ったということはできたのかい!? 相手は!? あ、もしかして前に言ってた……もごごごご!?」
突然、和哉の声がくぐもったものに変わる。
どうしたのだろうと再び一瞬だけ目を向ければ、和哉の背後には御厨さんが立っていて、手元には口元にはガムテープが。そして、和哉の口はそのガムテープによって封じられていた。
「赤宮は自分の調理に集中して」
「……助かりました。ありがとうございます」
「これも全ては公平な目で君を見定めるためだから」
「はい、お願いします」
「うん」
「もごー! もごごごごご!!」
その後、邪魔が入ることなく調理は順調に進み、一品目のカルボナーラは無事に完成したのだった。





