【閑話】山と桜と独占欲
10月30日、金曜日。
今日の昼休みは山田と二人で弁当を食べることになった。というのも――。
「珍しいな、山田が俺に相談なんて」
「悪いな、加茂さんとの時間邪魔して」
「今日は加茂さんも桜井さんに誘われたって言ってたし、俺は大丈夫だぞ」
「……そっか」
そういう訳で、加茂さんと神薙さんは教室に居ない。秀人も今日は別のグループに混ざって食べている。
神薙さんは分かる。しかし、秀人は何故離れるのか。
訊ねてみれば、「俺は山田の相談に乗れねーっていうか乗りたくねー。だから光太任せた」とのことだった。どうやら相談内容を知っているようで、聞こうとしたら「本人に聞け」と言われてしまった。そのため、俺はまだ何も知らない。
「……あ、そうだ。先に言わせてくれ」
「ん? 何を?」
「一昨日は相談乗ってくれてありがとう。おかげで加茂さんも元気になった」
「おお、そっか。よかった」
「まあ、少し元気過ぎだけどな」
「良い事じゃん」
「うん」
本当によかった。だからこそ、今度は俺が返さなければ。
「それで相談って?」
「……うん、と、それは……」
「?」
早速本題に入れば、山田は途端に歯切れが悪くなる。
「赤宮って、加茂さんと付き合い始めてもうすぐ一ヶ月経つよな」
「そうだな」
答えると、山田は迷うように視線を彷徨わせる。
その反応を不思議に思っていると、彼は意を決したように訊ねてきた。
「あのさ、赤宮は加茂さんとどこまで進んだ?」
「は?」
つい、変な声が出てしまった。
俺は今、何を聞かれているんだろう。どこまで進んだって……俺達の関係の事だろうか。
「……付き合ってるのは山田も知ってるだろ」
「知ってる。じゃあ、その先は?」
その先――恋人という関係になったその先を聞いているのだと思うを
……その質問に求められている答えは不明だが、答えは一つしかないだろう。
「まだ結婚できる年齢じゃないだろ」
「違うそうじゃないっ」
山田はそう言って、急に小声になった。
「赤宮と加茂さんって……した?」
「何を」
「これを」
山田は片手をOKサイン。もう片手は人差し指だけ立てて、その指をOKサインに……。
「――してねえよ。それやめろ」
「そっかぁ……」
ハンドサインの意味を理解した直後に即答すれば、山田は酷く落胆した。
「……相談、なんだよな?」
「勿論。俺は真剣に聞いてた」
今の質問のどこに真剣な要素があったのかは不明だが、山田の顔はふざけているように見えない。
真剣というのが嘘ではないのは分かった。しかし、今の質問では相談の全容が未だに見えてこない。
「結局、相談って何なんだ」
「……ちょっとこれ見て」
山田はネクタイを緩め、自身の首筋を見せるようにシャツの襟元を軽くめくった。
その首筋には、ポツンと小さな赤い腫れが二箇所見受けられる。
「蚊に刺されたのか? ムヒなら持ってるけど」
「常備してるんだ……って、違う。これキス痕」
「――――――――?」
彼の唐突な暴露に対し、処理が追いつかなくなった俺の脳内には宇宙が広がった。
▼ ▼ ▼ ▼
今日は桃ちゃんに誘われて、鈴香ちゃんの教室でお昼ご飯を食べていた。
桃ちゃんには何か悩みがあるらしくて、私に話を聞いてほしいんだとか。でも、山田君の前では話しにくいみたい。だから、鈴香ちゃんの教室に来てる。
「私、独占欲強いのかもしれない……」
そして、お弁当を完食した後、桃ちゃんはそんなことを言い出した。
『急にどしたの』
「最近、直人が他の女子と話してるだけでモヤってするんだ……」
"直人"というのは山田君の下の名前。私も苗字でしか呼んだことがなかったから、最近になって初めて知った。
でも、独占欲、独占欲かぁ……私はどうだろう。
赤宮君が鈴香ちゃんや桃ちゃんと居るところを想像してみるけれど、何も思わない。だとすると、弱いのかな。
「桜井さん」
考えていると、鈴香ちゃんが口を開く。
「今更だけど、私がここに居ていいの? 話したいのは九杉なんでしょ?」
「私が無理言って加茂ちゃん誘っちゃったんだから気にしないで。それに、教室には直人が居るし、神薙さんが居るからここで食べれるんだし。あと、神薙さんの意見も聞きたいです」
「わ、私の?」
「うん」
桃ちゃんは頷いた後、私の方に向き直って訊ねてくる。
「それでね、話戻るんだけど、独占欲が強い彼女ってどう思いますか。気持ち悪い?」
『気持ち悪くはないと思うよ?』
気持ち悪いは流石に言い過ぎな気がする。
赤宮君がもしもそうだとしても、気持ち悪いとは思わない。程度に寄るけど、むしろ私は嬉しいかもしれない。それだけ私を好きなんだって分かるから。
「でも、直人には引かれてるような気がするんだよね……」
『そうなの?』
「独占欲が強いって自分で思うぐらいだから、何かしてたりするの?」
「…………」
桃ちゃんは図星を突かれた人のように目を逸らした。
「一体何してるのよ」
「あ、あれだよ? 包丁持って"私の男に近づかないでー!"みたいな物騒な事はやってないからね?」
「一発目の例えでそれが出る辺り不安なんだけど」
『そんな人いる?』
「加茂ちゃん、世界は広いんだよ……」
え、本当に居るの。怖い。
「それで、何してるの?」
「……直人に痕付けちゃう」
……あ、痕?
「キスマークって言った方が伝わる?」
「ああ、よかった」
鈴香ちゃんは安堵するように一息吐く。
包丁の話が出たから私も一瞬怖い想像が浮かんでしまったけれど、凄く安心した。
「それくらいなら別に平気じゃない?」
「痕が消えたらすぐにもう一回痕付けるって言っても?」
「……何で?」
私も鈴香ちゃんと全く同じ疑問を持った。
すると、桃ちゃんは照れ笑いを浮かべながら語り始める。
「彼氏に痕が付いてるのって、私の物って宣言してるみたいで……ゾクゾクしない?」
「……しないと思う」
「か、加茂ちゃんは?」
『したことないから
分からない』
「そうなんだ……」
苦笑しながら答えると、桃ちゃんはガックリと肩を落とした。
「……ちょっと待って?」
でも、桃ちゃんが項垂れていたのも数秒のことだった。
桃ちゃんは何かに気づいたように声を上げて、私に訊ねてくる。
「加茂ちゃん、したことないの?」
「…………(きょとん)」
「キス」
私は"キスマークを付けたことがない"って意味で言ったつもりだった。でも、桃ちゃんにはそう聞こえてしまったらしい。
私は答えるためにペンを動かす。
けれど、どうしてだろう。石村君には自慢できたのに、改まって聞かれると恥ずかしさが込み上げてくる。顔に熱が集まっていくのを感じる。
そんな気持ちを堪えながら、私はボードに文字を書いた。
『ほっぺたになら』
「……ほ、ほっぺた?」
『口にするのは
まだはずかしくて』
「そっかぁ」
桃ちゃんは優しく微笑むと、徐に自分の顔を両手で覆う。
「汚れててごめんなさいぃぃぃぃ」
――そして、謝罪の言葉を吐き出しながら小さくなってしまった。





