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【本編完結済】加茂さんは喋らない 〜隣の席の寡黙少女が無茶するから危なっかしくて放っておけない〜  作者: もさ餅
いつまでも、ずっと隣で

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加茂さんは温かい

 放課後、しとしとと小雨が降る中、一つの傘に二人で入って並んで歩く。

 冬が近づいてきたからか、顔に当たる風が少し冷たく肌寒い。


「最近冷えてきたな」

「…………」

「……加茂さん?」


 反応がないので顔を見れば、彼女は何ともだらしない表情をしていた。

 俺の声が全く耳に届いていないらしい。が、その理由は雨音のせいではないだろう。


 顔の前に片手を出してみる。


「…………(びくっ)」

「浮かれるのはいいけど、放ったらかしにしないでほしいなぁ……」

「…………(はっ)」


 加茂さんは慌てた様子でスマホに文字を打ち込み、ライナーを送ってきた。


[ごめんね。何の話してた?]

「まあ、大した話じゃなかったけど……そんなに楽しみか? 土曜日」

「…………(ぎくっ)、…………(えーっと)」


 加茂さんは図星を突かれたかのように挙動不審になる。

 暫く見ていると、観念したのか照れ笑いを浮かべながら返答してきた。


[はい]


 ――土曜日の話は既に昼休みにしていて、加茂さんが浮かれている理由もそれだろう。

 彼女が『行く』と即答してくれたのは嬉しかったが、そこまで楽しみにされるのもハードルが上がり過ぎている感が否めない。"アルバイト初日"という事柄よりもそっちに緊張してしまいそうである。


「土曜日、会えたとしても多分忙しいからあんまり話せないと思うけど」

[分かってる。赤宮君が働いてるところ見れるの楽しみ]

「そ、そっか……」


 もう少し期待値を下げてほしいという思いで言った言葉も届かず、加茂さんは目を輝かせながら楽しみを語っている。浮かれ過ぎて、今ならこの雨の中をスキップで駆け出しそうだ。


「浮かれ過ぎて急にスキップとかしないでくれよ」

[私のこと何だと思ってるの]


 口にすれば、加茂さんはジト目を向けながら抗議文を送ってきた。

 流石に俺も本気でやるとは思っていない。いくら加茂さんに子供っぽいところがあるにしても、高校生だし。最低限の節度は持っていると思っている。


「冗談だよ」

[修学旅行もあるのに風邪引いたら嫌だからしないよ]

「いや修学旅行なくてもすんな?」


 訂正。加茂さんにとっての最低限の節度は一度見直した方がいいのかもしれない。


[そういえば、結局何の話してたの?]

「ん?」

[さっき私が聞いてなかった話]

「ああ、本当に大した話してなかったから別にいいって」

[聞きたい]

「ええ……」


 他愛ない話しかしていないから、改まって聞かれると(かえ)って恥ずかしい。

 とはいえ、このまま言わなければ加茂さんの気が済まないだろう。更に言えば、わざわざ隠す話でもないのは確かだ。


「最近、冷え込んできたなって話だよ」

「…………(きょとん)」


 ご所望通りに話してみれば、加茂さんは気の抜けた表情になってしまった。


「だから言っただろ。本当に大した話じゃないって」

[だね]

「だねって」


 あまりに歯に衣着せぬ返事に苦笑する。フォローしてほしかった訳じゃないからいいけども。


[赤宮君は冬って好き?]


 突然、ライナーで質問が送られてくる。


「急にどうした?」

[もうすぐ冬だから。因みに私は好きです]


 意図を訊ねれば、加茂さんは俺の言葉に答えながら自分でも答えてきた。


「そうなんだ」

[誕生日もあるしクリスマスもあるしお正月はお父さん帰ってくるから。雪が降ったら遊べるからもっと嬉しい]

「成る程な」


 加茂さんらしい理由に納得する。

 そういえば、加茂さんのお父さんは海外で働いてるんだったか。どんな人なんだろう。


[赤宮君は?]


 ……と、今はいいか。


「あんまり好きじゃない」

[そうなの?]

「俺、冷え症だからな。冬は辛い」


 そのため、冬場は手袋を付けた上でポケットに手を突っ込んで登校していたりする。


 俺も冬に誕生日がある。クリスマスも嫌いではない。ただ、俺にとってはそこまでビッグイベントではなかった。

 だから、冷え症の辛さと差し引きしてしまうとどうしてもマイナスになってしまう。


「…………(そっ)」


 すると、加茂さんが傘を持っている方の手に触れてきた。


[本当だ。冷たいね]

「……加茂さんは温かいな」

「…………(えへへ)」


 加茂さんは照れた笑みを浮かべながら、片手でスマホに文字を打ち込む。


[これからは私が温めるね!]

「……流石に恥ずいって。加茂さんも大変だろ」

[全然平気だよ。私は寒いのとかへっちゃらだから]

「それは羨ましいな」

「…………(ふふんっ)」


 加茂さんは得意げだ。彼女がそう言うのなら、手袋が頃までお言葉に甘えるとしようか。恥ずかしい気持ち以上に、正直かなり助かる。


[知ってる? 手が冷たい人って心が温かい人なんだよ]


 俺の手を温めながら歩いてくれる加茂さんがそんな文を送ってきた。


「ああ、知ってる知ってる。迷信だろ?」

[迷信じゃないよ]


 俺は信じていないが、加茂さんは信じているらしい。


[赤宮君は温かい人だもん]


 ……嬉しいことを言ってくれる。


「いや、迷信だ」


 でも、譲れない。つい先程、譲れなくなった。


「加茂さんは手も心も温かいだろ」


 加茂さんは、温かかったから。


「…………(ぱちくり)」

「……だから、絶対に迷信だ」


 何故だろう。何も変な事は言っていない筈なのに、顔が熱くなる。


「…………(えへへ)」


 呆然としていた加茂さんは暫くして、嬉しそうに顔を綻ばせた。それを見た俺も、釣られて頰が緩む。


 ――肌寒さは既に感じなくなっていた。

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