加茂さんは補給する
俺達は時間を忘れて抱擁を続けた。それが原因で、気づけば神薙さんの部活が終わる18時を過ぎてしまう程に。
急いで彼女が待つ校門へと走って向かって、着く頃には二人して汗だくになって、神薙さんには呆れられてしまった。
しかし、長い抱擁のおかげかもしれない。
教室を出る頃には、加茂さんの表情はスッキリとしたものになっていた。
――俺の罪悪感はどうしても消えなかった。
* * * *
「…………(べたぁ)」
翌朝、加茂さんは座っている俺の後ろから首元に手を回して引っ付いてきていた。
『土曜日会えない分
補給してます』
理由を聞けばそう返され、俺は加茂さんの気が済むまでされるがままにされている。
ただ、教室でそんなにべたべたしていれば、注目を集めてしまうのも当たり前な訳で。
「朝から活力をありがとうございますっ……」
登校してきた西村さんに、両手を合わせて感謝されてしまう始末である。
「拝むな。席に帰れ」
「最近、二人とも付き合ってることオープンにし始めたよね」
「スルーかよ。あと別にオープンにしてるつもりはない」
「つまりこの先は今以上の二人の絡みが見れる……ってこと!?」
「ないからその期待した目やめろ」
勝手に妄想して興奮してる西村さんに呆れていると、後頭部の温もりが消える。
そして、机に置いてあったボードの文字が書き直された。
『ないの?』
…………。
「公然ではしたくないです」
「かはっ」
「えっ」
「…………(びくっ)」
西村さんが胸を押さえてその場でよろける。
急にどうしたのかと思えば、片手で胸を押さえたまま、もう片手でこちらに親指を立てて言った。
「ご馳走様です……でもこれ以上の糖分は過剰供給……」
「やかましいわ」
* * * *
高校生活の中で一大行事とも言える修学旅行が日曜日に控えている。心からそれを楽しむためにも、いつまでも自分の失敗に嘆いてはいられない。
だから、体を思いっきり動かして切り替えよう。そう考えて、今日の体育の授業は全力で走った。
――しかし、走り終えた今でも俺の気は晴れなかった。
「はぁ……」
「お疲れ」
グラウンド横にある石段に腰を下ろして休んでいると、俺より先に走り終えていた山田が声をかけてくる。
「今日はやけに張り切ってたけど、マラソンの楽しさに目覚めでもしたか?」
「……目覚めてるように見えるか?」
「うーん、見ようと思えばギリギリ見えなくもない……かもしれない」
「それはもう見えてないんだよ」
そもそも"見ようと思えば"って何だ。そこまでしてポジティブな意識に捉えるメリットもないだろ。
「そういや石村は? 赤宮、いつも一緒に走ってただろ」
「今日は別。秀人なら緩く走ってるからまだ帰ってこないと思うぞ」
「そっか」
山田は隣に腰を下ろし、訊ねてくる。
「で、どうした? ため息まで吐いてたけど」
「……最近、俺ってやらかし過ぎだなと思って」
思い返すのは昨日の件と、日曜日、加茂さんの家であった出来事。
「また加茂さんと喧嘩でもした?」
「してない」
「あ、そう」
喧嘩ではない分、まだ良いかもしれない……いや、そうでもないな。
「加茂さんが怒ってくれたらなぁ」
「本当に何やらかした?」
「ハロウィンにバイト入れちまった」
日曜日にあった出来事は内容が内容なので、俺は迷わず昨日の件について話すことにした。
「あー、それか」
すると意外なことに、山田は何の話か察したように相槌を打ってきた。
「加茂さんから何か聞いてるのか?」
「いや、俺じゃなくて桃がな。加茂さんにハロウィン誘われたけど断ったって聞いた。行きたかったーって嘆いてたよ」
「そっか……」
誘ったけど断られたという話は加茂さんからも聞いている。桜井さん伝いに聞いていたのなら、知っていてもおかしくないか。
「加茂さん、お月見ですらパーティー開いてたよな。あれは楽しかった」
「そうだよ。何で俺はハロウィンっていうデカいイベントを忘れてんだよ……馬鹿野郎……」
「おおう、凄え後悔してるな」
後悔してもしきれない程度には後悔している。正直、タイムマシンがあったら月曜日に戻りたい。
「バイト、休めないのか?」
「……バイト先って従兄弟の店なんだけど、その日は結構忙しいらしくて。今まで結構世話になったりしてるから恩は返したいし、迷惑もかけたくない」
「赤宮らしいな」
山田は笑いながら「んー、じゃあさ」と続けた。
「加茂さんは土曜日暇ってことか」
「多分な」
「なら、バイト先に来てもらえば?」
――山田の案は目から鱗が出るものだった。
「まあ、店員と客ってことになるからあんまり話せないだろうけど、会えはするだろ。折衷案にはなってないけど……どうだ?」
「……いや、ありがとう。加茂さんに言ってみる」
「おう」
少しだけ、心が軽くなった。
山田が出したのは妥協案だ。
しかし、俺は加茂さんの家に行けないことに囚われ過ぎて、その妥協案すら思い浮かばなかった。土曜日は会えないと諦めていた。
だから、彼に話して良かった――心からそう思った。
「それで、やらかし過ぎってことは他にも何かあんの?」
「…………」
「あれ、赤宮?」
俺は即行で顔を背けた。
山田には感謝している。それはもう、深く深く感謝している。しているが、もう一つの出来事に関して話せるかと言われると、それは否だった。
「そもそも、これは俺達の間で解決してることであってな……」
「おーい、誰に言い訳してんだー」





