加茂さんは小悪魔
『おはよう
\(๑╹▽╹๑ )』
翌日、加茂さんは変わらない調子で俺に挨拶してきた。
「お、おはよう」
「…………(きょとん)」
声が少し上擦ってしまった俺を、加茂さんは不思議そうに見つめてくる。俺は思わず彼女を視界から外した。
顔を合わせると、昨日のことを思い出してしまうから。
昨日は頰にキス以上のことはされていない――が、一度では終わらなかった。
初めてキスをしてきてくれた後、加茂さんは羞恥が吹っ切れたかのように何回も繰り返してきたのだ。俺もやり返しはしたが、彼女にはその倍以上の回数をされたと思う。
そんな訳で、俺は気恥ずかしさでまともに加茂さんの顔が見れなくなっていた。
荷物を置いてから席に座ると、こちらの机を指でとんとんと叩かれる。
『今日もしていい?』
見れば、ボードには催促の言葉が書かれていた。
いつにも増して加茂さんが積極的だ。というか、加茂さんはどうして平然としていられるんだ……。
前に俺からキスをした時もそうだったが、加茂さんって吹っ切れるのが早い気がする。俺が引き摺り過ぎなのかもしれないが。
「学校終わったらな」
「…………(にへぇ)」
とはいえ、求められるのは素直に嬉しいので、断る理由はない。
俺が放課後ならと了承すれば、加茂さんは嬉しそうに頰を緩ませる。
そして、俺の膝の上に座ってきた。
「学校終わったらって言っただろ!?」
「…………(こくり)」
加茂さんは"分かってる"とでも言うように頷くが、離れようとはしない。
教室に俺達だけしか居ないならいい。しかし、今は普通に人が居る時間帯。
つまり、見られている。他の人に見せつけるような形になっている。生温かい視線を感じる。主に前方の西村さんの席の方向から。
「あの、早急に離れてくれませんか」
『いや?』
「嫌じゃないけど」
こういう時、嘘でも嫌と言うべきなのかもしれない。まあ、言えないんだけども。
それより、加茂さんは周りの視線に気づいていないのだろうか。それとも、気づいた上で離れようとしないのか?
……後者だったらどうしようもないな。
「朝からイチャついてんなぁ……」
加茂さんにされるがままにされていると、朝練を終えて教室に戻ってきた秀人に呆れられた。
「俺はイチャついてるつもりない」
「それは無理あんだろ」
「…………(えへへー)」
うん、自分でも流石に無理があったなと思う。加茂さんニッコニコだし。
「ま、イチャイチャは程々にしとけよ」
「止めてくれてもいいんだぞ」
「止めれる気がしねえからパス」
即答されてしまった。
「あ、そういやバイトの話、結局和哉さんに聞いたんだってな」
それから、秀人は思い出したかのように言ってくる。
「何でそれを」
「昨日の夜、[光太が俺の店でバイトしてくれることになった!]って、めっちゃ嬉しそうなライナーが送られてきた」
「あいつ……」
口が軽すぎる。俺にプライバシーはないのか。仮にも経営者だろ。
『バイトって
お金やっぱり
足りてない!?』
「大丈夫だから財布出そうとすんな。買いたい物あるからお金貯めようかなってだけ」
自分の鞄に手を伸ばそうと立ち上がる加茂さんの両手を掴み、俺の膝の上に再度座らせる。
……俺の膝に座らせる必要はなかったと、彼女を座らせてから気づいた。俺は何してるんだろう。
「バイトいつから?」
そんな俺達のやり取りをスルーして、秀人が訊ねてくる。単に諦められているだけな気がしなくもない。
「今のところは今週の土曜から週一でってことになってる」
「土曜?」
「その日、忙しくて人手足りてなかったからホールで入ってほしいんだと。接客マニュアルも送られてきた」
「……へー」
秀人は意味深な相槌を打ちながら、俺から加茂さんに視線を移す。
何故だろうと一瞬思ったが、すぐにその理由に行き着いた。
「ごめん、加茂さん。そういう訳だから今週は教えに行けない」
土曜日はバイトで潰れてしまい、日曜からは修学旅行が始まる。だから、今週の土日は加茂さんの家に行けないことになる。そのことに今更気づいた。
『分かった!
バイト頑張ってね!』
「うん」
けれど、加茂さんはバイトの件を快く受け入れてくれた。
その後は他愛のない話をして過ごして、チャイムが鳴った。
秀人は席に戻り、加茂さんも俺の膝の上から降りて自分の席に座る。
出席で名前を呼ばれた後、少しぼんやりしていると突然、顔の前にボードを突き出される。
少し驚いたが、その真っ白なボードが誰のものかはすぐに分かったので、何するんだと文句を込めた視線を隣の彼女に向ける。
彼女の顔が迫っていた。
「っ……!?」
――気がつけば、頰には昨日散々付けられた感触が残っていて。
俺は驚きで、声が出そうになるのを堪えるだけで精一杯だった。
「…………(えへへ)」
加茂さんは顔を離してボードを下ろし、悪戯っ子のように微笑んでくる。
ここは一番後ろの席で、更にボードで前から見えないように顔を隠された。だから、誰にも見られていないと思う。行為自体も、唇が頰に少し触れるだけの軽いものだ。
――それでも。
「学校終わったらって、言っただろ……」
彼女の行動は、俺の心を掻き乱すには十分過ぎるものだった。





