加茂さんは……
体育祭が終わり、駅までの帰り道。俺は保健室に荷物を持ってきてくれた秀人と二人で帰っていた。
山田も誘ったらしいが、先約があったそうだ。
「足、大丈夫なのかよ」
「湿布は貼ったし包帯巻いて圧迫もした。明日ゆっくり休めば治るだろ」
秀人の心配に俺は淡々と返す。
痛みは残っているが、俺はゆっくり歩ける程度までには回復した。そして、秀人は俺の歩くペースに合わせて歩いてくれている。
「騎馬戦、出れなくて悪かった」
「気にしてねーよ。勝ったしな」
あの二人三脚の後、俺は騎馬戦にも出る予定だったのだ。
秀人は気にしてないと言うが、多少なりとも迷惑をかけたと考えるとやっぱり申し訳ない。
「光太、体育祭は楽しかったか?」
「急に何だよ」
「いいからいいから」
何故そんなことを聞くのか分からないまま、俺は今日の体育祭を振り返る。
暑かった。そのせいで熱中症にはなるし、不幸にも貧血が重なった。
二人三脚も、違う意味で熱くなりすぎた。捻挫はするし、擦り傷まみれになるしで散々だ。
「まあ……」
「まあ?」
――そんな散々な思い出ばかりの中、加茂さんの声を思い出す。
総合してしまえばマイナス評価。でも、加茂さんの声が聞けたからプラマイゼロ。
損得で言えば損ばかりなのに、それを全て許してしまえる力が、加茂さんの声にはあった。
「それなりに」
「ほー」
「だから何だよっ」
秀人はニヤニヤと俺を見るので、俺はそれを無視して前を向く。
「去年は"面倒"とか"怠い"で終始一貫してたよなー」
言われてみると、確かにそんな覚えがある。去年は体育祭が楽しいなんて一片も思わなかった。
別に今回も楽しかったとは思っていないのだが、去年より充実感はあった。
「加茂さんのおかげか?」
思わぬ人物の名前が秀人の口から飛び出し、ぎょっとする。
「図星か」
「……何のことだか」
「否定しないんだな」
秀人に指摘され、俺は自分のミスに気づく。
しかし、例え嘘でも、俺はそれを否定する気にはなれなかった。
「光太は加茂さんが好きなのか?」
どうして秀人がそんなことを聞くのか……いや、深い意味はないな。きっと単なる好奇心だろう。
とりあえず、俺は正直にその質問に答える。
「友達としては、好ましく思う」
「異性としては?」
――異性として。つまり、加茂さんを"一人の人間"としてではなく、"一人の女の子"として好きかという意味。
秀人の問いに肯定はできない。でも、否定もまたできなかった。否定をしたら、"嫌いだ"と言っているように思えてしまったから。
「それは分からん」
「へえ」
秀人は妙に含みのある相槌を返してくる。その上、生温かい視線付き。どうせ、俺のことをからかっているのだろう。
「ま、頑張れよ」
「何をだよ」
「それは自分で考えろ」
「何だそれ……」
謎の励ましを貰った俺は首を傾げざるを得なかった。秀人はそんな俺を放って、満足そうに笑う。
そうして、駅に着いてしまい、改札を抜ける。秀人が乗る電車は俺と反対方向のため、俺達はそこで別れた。
「本当に何だったんだ」
秀人と別れた後、俺は駅のホームで独り言ちる。
秀人は何かを察した風であったが、何を察していたのか俺には分からなかった。
* * * *
「ふぅ」
家に帰って、湿布を貼り直して、足に包帯も巻き直した。
そして、今日の疲れを癒すためにも自室で安静にしていたが、どうも落ち着かない。
そんな時、スマホが振動した。手に取って画面を見れば、ライナーのクラスグループに通知が一件。
「打ち上げか……」
内容は[打ち上げやろう!]という簡素なものだった。
その一言を皮切りに、[やろう!]とか[どこ行く?]とか、次々に会話が展開されていく。
暇なのでその会話をぼーっと眺めていると、グループ通知ではない別の通知が入ってきた。
そして、気になって個人通知を見れば、それは加茂さんからだった。
[今日はありがとう]
礼を言われるようなことをした覚えがなく、返信に少し悩む。
既読してしまったので、早めに返した方がいいだろう。そう思って、俺は当たり障りのない言葉で返信した。
[お疲れ]
……これはないだろ。せめてもう一言何か言わないと、冷たい奴だと思われてもおかしくない。
しかし、それに続く良い言葉が何も思い浮かばない。返信してしまったので取り消しもできないし、既読も付いてしまっている。
それでも真剣に他の言葉を考えていると、突然スマホから着信音が鳴り出した。
画面を見れば、"加茂 九杉"と名前が表示されている。
まさか電話が掛かってくると思っていなかった俺は、恐る恐る着信ボタンに触れる。そして、ゆっくり耳にスマホを近づけた。
「も、もしもし」
「…………」
沈黙。
……冷静に考えたら、それも当たり前の話だった。加茂さん、そもそも喋らないよな。
それなのに、どうして電話なんて掛けてきたのだろう。不思議に思いながら、俺はそっとスマホを耳から離す。
「あっ」
『…………(ふりふり)』
スマホの画面には、こちらに手を振る加茂さんの姿が映っている。そう、ビデオ通話である。
「……見苦しいものをお見せしました」
「…………(ふるふる)」
ひとまず、俺は加茂さんに謝罪した。
『私のスマホの画面を
赤宮君の耳が埋めた!』
「本当にごめん」
『でも綺麗だったよ( ・ω・)b
ちゃんと耳かきしてるんだね!』
「感想言うのやめろ?????」





