加茂さんのテスト結果
月曜の早朝。職員室近くの廊下では、既にテストの順位が張り出されている。
「嘘だろ」
俺は自分の順位を確認して、驚愕した。
俺の今回の順位は9位と、珍しく一桁順位という好成績が出せた。
しかし、俺が驚いたのはそこではなく、俺の一つ上の順位にあった名前だった。
「秀人に、負けた」
そこにあったのは"石村秀人"の文字。
いつも赤点を回避することしか考えておらず、最低限の勉強しかしてない奴の名前が、今回は俺より上の順位に居たのだ。
「……ええ……」
複雑な心境が口から漏れてしまう。
確かに、秀人が今回のテストにかなりの熱を入れていたのは知っている。ここまで順位を上げたのも偏に彼の頑張りが報われたということだ。友人として、喜ばしい結果だと思う。
秀人の地頭が元々かなり良いことも知っている。本気を出されれば、いつかは俺の成績も抜かされるだろうとも思っていた。
……でも、それにしたって、早すぎるだろ。たった一度の頑張りで抜かされるなんて思わねえよ。
「はぁ」
完敗である。勝負をしていた訳じゃないが。
正直、滅茶苦茶悔しい。心が折れる程まではいかなくとも、へこむ。俺が一切手を抜いていないだけに尚更。
気持ちを切り替える意味で自分の順位から目を背けて、自分の順位を確認しているであろう加茂さんの方を見る。
「…………(がーん)」
加茂さんは自分の順位が掲示された所の前に立って、ショックを受けたような表情で固まっていた。
どうしたのだろうと、俺も彼女の順位を確認してみて、察した。
「頑張ったな」
「…………(ぴくっ)、…………(がくり)」
俺の声に加茂さんはフリーズを解除したが、すぐに肩を落としてしまう。
――彼女の順位は201位だった。
対し、俺が提示していたご褒美の条件順位は200位以内。つまり、ご褒美までは本当にあと一歩、惜しくも点数が届かなかったということである。
とはいえ、だ。
「加茂さんはよく頑張った」
加茂さんの頑張りは俺が知っているし、この順位が過去最高順位なのも事実。ただ、今回は目標にあと一歩届かなかっただけ。
加茂さんの頑張りが足りなかったという訳でもない。今回がこの順位なら、次こそは200以内も夢じゃないと思う。
まあ、加茂さんにとっては次なんてどうでもよくて、今回が重要だったのだろうが。
「そんなにご褒美欲しかったのかよ」
「…………(こくん)」
揶揄い半分で尋ねれば、加茂さんは頰を赤らめながらも控えめに頷いた。
「そ、そっか」
あまりに素直すぎる返事に、声が少し上ずってしまう。
ご褒美の内容は、頰へのキス。
これは加茂さん自信が所望したものであり、俺ではない。しかし、そのご褒美をそこまで素直に欲しかったと答えられたら、流石にこちらも気恥ずかしくなってしまう。
その気恥ずかしさを押し殺して、言った。
「加茂さんの頑張りに免じて、俺はご褒美あげてもいいって思ってる」
「…………(ぴくっ)」
ご褒美がご褒美なだけに俺から"あげる"とは言いにくかったが、加茂さんの喜ぶ顔が見たかったから。期待されたら、応えたいと思うから。
……それに、頑張ってる姿を一番近くで見てきたのだ。ご褒美の一つぐらいあげたくもなる。
『だめだよ
ずるいもん』
しかし、加茂さんから返ってきたのは謎にストイックな返答だった。
……まさか断られるとは思わなかったが、俺もこの程度で引き下がるつもりはない。
「俺がしたいって言っても?」
「……………………、…………(こくり)」
別のアプローチから押してみると、加茂さんからは大変分かりやすい反応が返ってきた。
「凄い間があったな」
「…………(ふるふる)」
「いや、あったろ」
首振っても間があったのは変わらないからな?
というか、どうしよう。ここまで頑なに拒否られるとは。変に真面目なところも加茂さんの良いところだとは思うが、今は困る。
……こういう時は、そうだな。
「俺にご褒美くれないか?」
とにかく、押し続けてみよう。
「今回のテスト、一桁入れたんだ。だから、そのご褒美が欲しい」
加茂さんのではなく俺のご褒美なら、加茂さんも断りにくい。この路線は間違っていない筈だ。
「…………(うぅぅぅ)」
それが証明されるかのように、加茂さんは俺のゴリ押しとも呼べる作戦に揺らぎ始める。よし、いける。
「ご褒美じゃなくて慰めのつもりでもいいからさ」
「…………(きょとん)」
加茂さんは俺の言葉に引っかかるものがあったのか、不思議そうにボードで訊ねてくる。
『なぐさめ?』
「……秀人に負けてさ」
「…………(えっ)」
「ほら」
信じられないといった表情の加茂さんに、俺の名前が書かれた部分を見せる。
加茂さんはそれを見て、瞬きを数度。その後、徐にボードに文字を書き出し、こちらに向けた。
『石村君 前回
3けたじゃなかった?』
「……そうなんだよなぁ」
加茂さんに指摘され、改めて秀人の頭のおかしさを実感する。
本当に、どう頑張ればここまで順位上げられるんだか……考え過ぎると無駄にダメージ受けそうなのでこれ以上はやめておこう。
「ま、まあ、そういう訳で、その、慰めるつもりでもいいから、俺にご褒美くれないかなー、とか」
粘りの交渉が長引くにつれて、段々と気恥ずかしさが込み上げてくる。言葉が途切れ途切れの片言になってしまい、顔も熱い。
そんな俺のお願いに、加茂さんも顔を赤くしながらボードに書いた。
『そんなに
したいの?』
……その聞き方は狡いと思う。
「……うん」
そんな聞き方をされたら、こう答えるしかなくなってしまう。
『そこまで言うなら』
加茂さんは、ようやく俺のお願いを聞き入れてくれた。
「…………(ふへぇ)」
加茂さんは照れや恥ずかしさで顔を真っ赤にさせたまま、嬉しそうな緩々の笑みを見せる。
俺もかなり恥ずかしい思いをしたけれど、見たい顔が見れたので嬉しかった。
――少しだけ、欲も出てしまった。
「これ、俺のご褒美ってことでいいんだよな?」
「…………(こくり)」
「じゃあ、加茂さんが俺にしてほしい」
「…………(えっ)」





