二匹との触れ合い
『昨日の帰り
詩音ちゃんどうだった?』
テレビの方へと向く形に座り直した加茂さんは、昨日のことを訊ねてきた。
「俺達に迷惑かけたとか気にしてたけど、まあ、それぐらいだな。加茂さん達がよければ、また皆で遊びに行きたいって」
『よかった
ε-(´▽`)』
加茂さんはボードで安堵を伝えてくる。
「加茂さんは?」
その安堵を見て、口から零れる。
「昨日、怖かっただろ」
俺が離れた少しの間に怖い思いをしたのは日向だけじゃない。加茂さんもだ。俺が戻るまで、彼女が日向を守ってくれていたのだから。
そんな彼女を、俺は神薙さんに任せてしまった。
「一緒に帰れなくて、日向のこと優先して、ごめん」
理由があれど、昨日は加茂さんよりも日向を優先してしまった。
今日、加茂さんの家に来たのは、これが言いたかったというのもある。罪悪感が消えなくて、どうしても言いたかった。
『気にしてな』
加茂さんはそこまで書いて、不意に手を止める。
それから、彼女はボードに書いた文字を消して書き直した。
『正直に言うとね
もやもやした』
「……うん」
『だから次は私も一緒』
「……うん?」
文の意味が分からず疑問の声をあげれば、加茂さんは俺にも分かるような文へと書き直してくれた。
『私も詩音ちゃん
家まで送る』
「……ああ、そっか。そうすればよかったのか」
その方法は、俺にとって目から鱗だった。
加茂さんを家まで送ることしか考えていなかったから、ついて来てもらうなんて考えてもみなかった。
「じゃあ、次はそうしよう」
「…………(こくこく)」
加茂さんが頷くと、亜麻色の髪が揺れる。その髪が揺れる度に顔に当たり、甘い匂いが鼻孔をくすぐってくる。
「……話変わるんだけどさ」
そろそろ、触れていいだろうか。
「近くない?」
現在、加茂さんが座っているのは俺の隣ではなく、俺の足の間だった。彼女はそこに座って足を伸ばし、俺の胸を背もたれにして座っている。
もはや近いを通り越して、ほとんど密着していると言っても過言ではない。
『いや?』
「嫌じゃない、けど」
嫌ではない。嫌な訳がない。
ただ、理性の話云々をつい先程したばかりでこんなに密着するのはどうなのかとか、思わないこともない訳で。
「怖くないか?」
『全然』
加茂さんは俺の問いかけに即答した。
「……じゃあ」
「…………(びくっ)」
俺は加茂さんの体を包むように手を回すと、驚くように加茂さんの体が揺れる。
「これでも?」
再度問いかけながら、心配になった。
俺が力を込めたら逃げられなくなることを、加茂さんは分かっているのだろうか。もしも俺がまた自制できなくなったらどうするつもりなんだ。
ブレーキをかけてくれると、頼もしく見えた彼女は気のせいだったのか。
そんなことを考えていると、加茂さんは頭を前に倒した。
「どうした?」
「…………(ぶんっ)」
「いだっ!?」
――加茂さんの後頭部が勢いよく俺の顔を襲ってきた。
前に回していた手を引っ込めて顔を押さえる。そのまま天井を見上げた。
クリーム色の天井が目に映った。
「っ……」
痛みは引いていないが、ひとまず頭突いてきた本人に目を向けてみる。説明が欲しくて。
「…………(ぴくぴく)」
加茂さんも、痛みに悶えるように自分の後頭部を押さえていた。
「……大丈夫か?」
「…………(はっ)」
声をかけると、加茂さんは悶えることをやめて慌ただしくボードにペンを走らせた。
『逃げようと思ったら
これで逃げられるから』
「……あー、うん……そうだな……」
威力は身を持って把握した。確かに逃げられるだろう。果たして実践する必要はあったのかという疑問はあるが。
『ごめんね
痛かった?』
「うん」
割と本気で痛かった。
『私も』
「だろうな」
見れば分かる。いくら逃げられると証明するためとはいえ、捨て身すぎると思う。
「大丈夫か?」
訊ねながら、加茂さんの頭に手を乗せる。たんこぶは……ないみたいだ。よかった。
たんこぶの確認を終えて手を下ろそうとしたタイミングで、彼女はボードの文字を書き終えた。
『大丈夫じゃないので
なでてください』
「……はいよ」
甘え方が上手くなったなぁなんて思いながら、加茂さんの要望通りに頭を撫でる。表情は見えないが、さぞリラックスしていることだろう。
「みゃー」
「あ、ツキ」
鳴き声の方を見れば、開いたままの扉からツキが部屋に入ってきていた。
「…………(とんとん)」
加茂さんもツキに気づき、片手で軽く絨毯を叩く。
すると、ツキはその音に反応するように、こちらに近づいてくる。
「みゃー」
「あれ?」
かと思えば、飼い主そっちのけで俺の腰に顔を擦り付けてきた。
『赤宮君すごい
なつかれてるよね』
「何でだろうな」
加茂さんはツキにべたべたされて羨ましいのか、横に居るツキの方を見ている。
俺自身、ツキに懐かれている理由はよく分かっていない。本当に俺は何故懐かれているんだろう。別に動物に好かれやすい体質でもなければ、変におやつをあげて甘やかしたりもしていないのに。
不思議に思いながらも顎の下を触ると、ツキは気持ち良さそうに目を細めた。
……こういうのを見ていると、ペットも良いものだなと思う。癒される。
「…………(ぐりぐり)」
「おわっ」
暫くツキに構っていたら、今度は加茂さんが頭を擦り付けてきた。"こっちにも構って"とでも言うように。
俺はツキを構っていた手を止め、加茂さんの頭を撫でる。
「…………(ふへぇ)」
加茂さんの表情は分かりやすく緩んだ。
「――あ、おいっ」
加茂さんの頭を撫でていたら、ツキに服を引っ張られてしまう。どうやら構い足りなかったらしい。
仕方なく、ツキに再び構おうと加茂さんから手を離す。
「…………(がしっ)」
すると、それを阻むように腕を掴まれた。
「あの、加茂さん?」
「…………(むぅぅぅ)」
「ふしゃーっ」
加茂さんは俺の呼びかけに答えず、ツキと睨み合いを始めてしまう。何をしてるんだ。いや、分かるけど。猫と張り合うなよ。
ツキもツキで、何故そこまで俺に構われたがる。飼い主に構ってもらうのは駄目なのか。
……まあ、でも、悪い気はしなかった。
だから、今にも喧嘩が勃発しようとしている二匹を咎める言葉は出てこなくて。
「どっちも撫でてやるから喧嘩すんなー」
「…………(わぷっ)」
「みゃっ」
――どちらの要望も叶えるということで手を打ってもらうことにした。





