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【本編完結済】加茂さんは喋らない 〜隣の席の寡黙少女が無茶するから危なっかしくて放っておけない〜  作者: もさ餅
いつまでも、ずっと隣で

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加茂さんのブレーキ

 扉が再び開かれると加茂さんは水着を着る前の服に戻っていて、俺はほっとため息を吐いた。


『ごめんね

 びっくりした?』

「心臓止まりかけたわ」

「…………(えっ)」


 俺のオーバーな表現に加茂さんが固まる。流石に心臓が止まりかけたというのは過剰表現だが、それぐらい驚いたのは本当だ。

 なので、特に訂正せずに加茂さんに訊ねてみた。


「何で水着だったのか聞いても?」

「…………(さっ)」


 答えにくいのか、それとも恥ずかしいだけなのか。加茂さんは頰を赤らめながら俺から目を逸らした。


「まあ、話しにくいなら別にいいけど」

「…………(うー)」


 俺が答えなくてもいいという旨を伝えると、加茂さんは複雑そうな表情で俺に視線を戻す。もしかして、答えてくれるのだろうか。

 返事を待ってみると、彼女は複雑な表情のまま視線を下げ、ペンを動かし始めた。


「…………(ぴたっ)」


 暫くして、加茂さんの手が止まる。しかし、俺からボードに書かれた文字は見えない。

 恐らく書き終わったのだろうが、上から覗き込んでもいいものか少し迷う。


「…………(くるっ)」

「っ、加茂さん?」


 加茂さんは俺に背を向き、寄りかかってきた。

 そして、加茂さんの表情が見えなくなった代わりに、俺の方向からは見えていなかったボードの文字が見えるようになる。


『わたしのこと

 すきにしていいよ』


 ボードに書かれていたのはそんな言葉だった。


「分かった」


 そう言うのなら、お言葉に甘えさせてもらおう。

 寄りかかってきている加茂さんの背を左手で支え、足を右手で掬うようにして体を抱え上げる。所謂、お姫様抱っこだ。抵抗はされず、すんなり抱え上げることができた。


 腕の中の彼女はボードを胸の前で抱えながら、ぎゅっと目を瞑っている。見るからに緊張している様子だ。一体どんなことをされると思っているのやら。

 ……そんな彼女に申し訳ない気持ちになりながら、俺は彼女をベッドへと運んでいく。


「目、開けてくれ」


 そのままベッドに下ろした後、俺はベッドを背もたれにするようにして絨毯の上に座って言った。

 すると、ベッドのマットレスが動くのが背中に伝わってきた。多分、起き上がったのだろう。


「さっきはごめん」


 背を向けたまま、謝罪する。


「今も、無理させてごめん」


 自分を好きにしていいと言わせたどころか、身を差し出させるような真似までさせてしまった。

 加茂さんが何を考えてそんな真似をしたのかは分からなくても、俺が原因だということは分かっている。だからこそ、それが堪らなく心苦しかった。


『あやまらないで

 あやまるのは私』


 加茂さんは俺の横に座り、そんな文を書いたボードを俺の前に差し出してくる。


「加茂さんが謝ることなんて何もないだろ」

「…………(ふるふる)」


 今回の件は加茂さんは何も悪くない。全て俺が悪い。それが明らかであるにも関わらず、加茂さんは俺の言葉を否定してきた。


『うそつきで

 ごめんね』

「嘘つき?」


『赤宮君にさわられた時

 びっくりしたし怖くなった』

「……うん。怖がらせてごめん」

「…………(ふるふる)」


 加茂さんは首を横に振り、"うそつき"の意味を教えてくれた。


『赤宮君になら何されても

 平気って言ったのに』


 ……嘘つきって、それかよ。


『だから、もう逃げない』


 加茂さんはそう書いたボードを絨毯の上に置いて、俺の足を跨ぐようにして目の前に立つと、座り込む。


「…………(じっ)」


 座った位置は俺の膝より手前、(もも)の辺り。およそ10センチにも満たない距離から見つめられる。

 加茂さんの言いたいことはよく分かった。


「加茂さん、頼む」


 その上で、言った。


「逃げてくれ」

「…………(え?)」

「頼むから、逃げてくれ」


 加茂さんは言ってくれた。俺になら何をされても平気だと。むしろ嬉しいとも。ちゃんと覚えている。


 それでも、俺は加茂さんを嘘つきだとは思わない。元より、加茂さんが言ってきたその言葉は俺も鵜呑みにしていなかったから。

 信じていなかった訳ではない。実際、その時の加茂さんは本気で大丈夫だと思っていただろうし、俺もそれが嬉しかった。


 ――心のどこかで、不安にもなっていた。


「俺は加茂さんを大切にしたい」

「…………(ぱくぱく)」


 加茂さんは口パクで"私も"と言った。嬉しい、じゃなくて。

 緩みかけた顔を引き締めて、俺は俺の希望を彼女に伝える。


「俺がもしも止まれなくなったら、一線を越えようとしてたら、抵抗してくれ」

「…………(へ?)」

「ぶっ叩いてもいい。殴っても蹴ってもいい。危なかったら、思いっきり抵抗してくれ。俺のために」

「…………(ばっ)」


 加茂さんは俺の(すね)辺りまで後退しながら、"待って"とでも言うように慌てて手を前に出してきた。そんな彼女に俺は構わず続けた。


「俺は加茂さんを大切にしたいから、まだ一線は越えたくないって思ってる」

「…………(きょとん)」

「一線を越えたとして、責任は取るつもりだ。でも、俺達はまだ、責任を取ろうにも取れないというか」


 俺達はまだ16歳で、今年誕生日を迎えたとしても17歳。


 一般的に、責任を取る手段としてはあれしかないと思っている。

 その手段を取るとして、一番の問題は俺が18歳を迎えなければならないことだ。経済的な問題とか他にも色々考えなければならないことはあるが、そもそも18歳未満にはその手段を取ることすらできない。


「…………(こてん)」


 加茂さんは首を傾げてしまった。

 これ、全然伝わってないな。駄目だ、ぼかした言い方するのやめよう。


「結婚できる年齢じゃないだろ」

「…………(ぽん)」


 俺の直球の説明に、加茂さんは納得したのか"成る程"と手を叩く。


「――――っ!?」


 遅れて、沸騰したように顔を真っ赤に染めた。

 俺も顔が熱い。プロポーズみたいになってしまった。だからぼかしたのに。小っ恥ずかしい。


「は、話戻すけど」

「…………(こくこくっ)」


 俺も加茂さんも顔の熱が冷めないまま、話を再開さた。


「はっきり言う。俺にも人並みに性欲はある。男だから」

「…………」

「でも、まだ……せめて18になるまでは、一線は越えたくない。理由は……さっきの話で分かってくれたか?」

「…………(こくり)」

「……ならよかった」


 加茂さんは頰を赤らめたまま頷き、俺は安堵半分、気恥ずかしさ半分で息を吐く。


 そのまま、話を続ける。


「まあ、だから、自制するつもりでいたんだけど」


 できると思っていた。


「できなかった」


 初めてだった。


「次、ちゃんと自制できるかって聞かれたら、正直言って自信ない。というか、なくなった」


 加茂さんが叩いてくれなかったら、声を出してくれなかったら、自分でも止まれるか分からなかった。


「だから、もしも俺がまた自制できなくなったら……そんなこと起きないように頑張るけど、無理だったら、加茂さんが俺にブレーキかけてほしい」


 こんなことをお願いするなんて、情けない話だと思う。


「頼っても、いいか」


 目の前の彼女に訊ねる。


「…………」


 彼女は頷いたり首を振ったりすることなく、ボードとペンを手に取った。

 そして、ボードに何かを書くと、それをこちらに向けてきた。


『任せて!

 d( ╹ω╹ )』

「……ありがとう」

「…………(にこっ)」


 柔らかい笑みを浮かべてボードを向けてくる彼女は、珍しく、ほんの少しだけ頼もしく見えた。

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