室伏と連絡先
男二人がいなくなり、俺達の間に気まずい沈黙が流れる。
ひとまず、俺は立ち上がった。室伏にいつまでも見下ろされるのも癪だったから。ボードを拾い上げて立ち上がり、膝やら背中やらの汚れを叩いて落とす。
――誰一人として口を開けずにいる中、この沈黙を最初に破ったのは日向だった。
「あの人達と、顔見知りなんですか?」
いつの間にかフードを深く被ってサングラスをかけ直していた日向は、少し緊張したような上擦った声で室伏に訊ねる。
そういえば、確かに。向こうは室伏と、顔も名前もはっきり知っているように見えた。
「うちの学校の奴らが迷惑かけて悪かった」
彼女の質問に対し、室伏はバツの悪い表情になりながらも答える。
そういうことか。同じ学校だというなら、顔見知りなのも納得できる。
「礼は言わないから」
一度沈黙が破られたからだろうか。神薙さんも口を開いた。室伏を睨みつけながら。およそ助けてもらった相手に向ける目ではない。
「んなもん要らねえよ」
神薙さんに敵視される理由を自覚しているからだろうか。室伏は臆することなく一言返す。
……でも、室伏が来なかったら、確実に三人の身を危険に晒していたのが現実だ。悔しいことに。
「あ――」
俺の声を発する直前、手からホワイトボードが消える。
『助けてくれて
ありがとう』
気づけば、加茂さんが室伏にボードを向けていた。
彼女のその行動は、俺も日向も、神薙さんでさえ予想していないものだった。
「何で、お前は」
そして、それは室伏も例外ではなかった。
「…………」
室伏の狼狽えるような声に、加茂さんは口を小さく開く。が、声は発さない……いや、発せないのだろう。
それでも彼女は室伏を真っ直ぐに見つめて目を逸らさない。表情は若干強張っているものの、逃げ出すような素振りは一切見せない。
「……俺は、礼を言われる資格なんてねえんだよ。特に、お前だけには」
そんな加茂さんの視線から逃げるように室伏は目を逸らし、弱々しい声で吐き捨てる。
そのまま、彼女に視線を戻すことなく、神薙さんの方を見て口を開いた。
「なあ、ちょっと二人にしてくれねえか」
「絶対許さない」
「……勘違いすんな。こいつとだよ」
室伏は加茂さんではなく、俺を指差す。
「赤宮君と?」
「時間は取らせねえ。すぐ終わる話だ」
「……神薙さん、俺は大丈夫だから。終わったら連絡する」
「……分かった。九杉、日向さん」
俺が言うと、神薙さんは不安そうにこちらを見ながらも加茂さんと日向を呼ぶ。
「来い」
室伏はそれだけ言って歩き出し、俺は三人を置いて室伏に続く。
そして、三人から離れて、トイレの近くの自販機前までやって来ると室伏は立ち止まった。
「加茂のこと、頼んだよな」
記憶に過ったのは花火大会の日、別れ際に室伏が言った言葉。
「俺に啖呵切った奴が何だあの体たらく。女一人守れねえのか、てめえは」
「…………」
何も、言い返せなかった。
「おい」
「……?」
室伏がスマホの画面をこちらに向けてくる。
その画面に映っているのは、QRコード……ライナーの新規アドレス登録画面だった。
「さっさと登録しろ」
「え、嫌だ」
「お前な……」
俺が即答すると、室伏は顔を引き攣らせる。
明らかな苛立ちが伝わってくるが、こちらからすれば、応じる理由がない。先程の件については感謝しているが、俺はまだ室伏を信用した訳ではないのだ。
「加茂さんの連絡先は渡さねえぞ」
「………………要らねえよ」
警戒心を引き上げる。
「分かりやすい間があったな?」
「黙れ。いいからさっさと登録しやがれ。住所送れねえだろうが」
「……住所?」
詰めるように問いかければ、室伏はそう言った。住所って、どこの住所だ?
そういう意味を込めた目で室伏を見るが、彼は"早くしろ"とでも言いたげな様子でスマホの画面をこちらに向け続ける。
渋々、俺は室伏のアドレスを登録した。
「入れたぞ」
「…………」
「何だよ」
「……何でもねえ」
そう言って、室伏は踵を返して歩き出した。
「おい、どこ行くんだよ」
「あ? 帰るに決まってんだろ」
「話は?」
「もう終わった」
終わった? まだ何の話もされていないが。結局、話って何だったんだよ。
疑問が頭に浮かぶ中、ライナーの通知が鳴る。
そのライナーの送り主は室伏。送られてきた内容は、とある場所の住所。
[時間ある時に来い]
その住所と共に、一言が添えられている。
ライナーを読んで顔を上げれば、室伏は既に歩き出していて。
遠ざかる背中を俺は追わず、室伏から送られてきた住所を暫く見つめていた――。





