加茂さん達とファミレス
自販機の横にあったベンチで、サングラスを取った日向が真っ白に燃え尽きていた。
「九杉、やり過ぎ」
『ごめんなさい』
加茂さんのローラースケート誘拐――もとい、擬似ジェットコースターは、日向にはかなり堪えてしまったらしい。絶叫系アトラクションが苦手なのだから、無理もない。
神薙さんに咎められた加茂さんも流石に反省しているらしく、ボードで謝りながらベンチに座る彼女の顔をしゃがんで覗き込んでいる。
「はい、水分」
「あ……ありがとうございます」
隣の自販機でお茶を買って日向に差し出すと、日向はそれを両手で受け取ってがぶ飲みする。
「っ、げほっ、げほっ」
「大丈夫?」
「慌てないでゆっくり飲めって」
「…………(あわあわ)」
神薙さんが日向の背中をさすり、加茂さんは噎せている彼女の横で慌てふためいている。
そうしている内に日向は落ち着きを取り戻したのか、一息吐いた。
「ふぅ……もう大丈夫です。次行きま――あれれ?」
日向は勢いよく立ち上がるが、すぐにフラフラと俺にもたれかかってきた。
「無理すんな」
「だ、大丈夫ですよ。ちょっと力入らないだけですから」
「うん、それは何も大丈夫じゃないから座れ」
日向は何ともない風を装おうとしているが、俺に支えられながら立っている時点で大丈夫ではない。
表情にもかなり疲れが見える。今日は遊びに来ただけなのだから、無理をさせる意味もない。もう少し休ませるべきだろう。
「体力なくてすみません」
日向は申し訳なさそうに俺達に謝ってくる。
「日向が謝ることじゃないだろ」
「そうよ、悪いのは二人なんだから」
「…………(ぐさっ)」
ん? 二人?
誰かに何かが刺さった音は無視して、神薙さんに訊ねる。
「俺も?」
「当たり前じゃない。九杉は後先考えずに体が動いちゃうんだから、一緒に居た赤宮君がブレーキかけてくれないと」
「…………(ぐさぐさっ)」
「それは……確かに」
「………………(ぐさぐさぐさっ)」
「彼女の手綱ぐらい引けるようになりなさい」
「努力する」
「…………(ちーん)」
「あの、先輩方、加茂先輩に滅茶苦茶刺さってます。トドメどころかオーバーキルしちゃってます」
「「え?」」
いつの間にか、加茂さんは日向の隣でボードを両手に持っていた。
『考えなしでごめんなさい
私はイノシシ以下です』
光の消えた目で。
――日向の体力の回復よりも、加茂さんの立ち直りに要する時間の方がかかったのは言うまでもない。
* * * *
あっという間に三時間、入場の時間制限を迎えた俺達はアミューズメント施設を後にした。
そして現在、俺達はファミレスで少し遅めの昼食を取っていた。
「はい」
「あー、むっ」
神薙さんが日向のドリアをスプーンで掬って口元へと持っていくと、日向は顔だけ動かしてそれを頬張る。
口の中のものを飲み込むと、日向は再び口を開いた。親鳥の餌を待つ雛のように。
「あー」
「ちょっと待って、自分の食べれないから」
「ぶー」
「待てないなら自分で食べて」
神薙さんは口を尖らせる日向を無視して、自分のパスタを食べ始める。
「そうしたいのは山々ですが、腕が上がらないんですよー」
「なら大人しく待ってなさい」
「……じゃあ、赤宮先輩に食べさせてもら――むぐぅ!?」
日向の視線が目の前の俺に向けられた瞬間、神薙さんがスプーンを日向の口に突っ込んだ。
「彼女持ちに色目使わない」
「むぐー」
スプーンが引き抜かれると、日向は口の中に入ったドリアを咀嚼しながら不満げに神薙さんを見る。
……何というか。
『二人とも
仲良しだね』
「だな」
加茂さんが机の下でボードにこそこそと書いた文字に同意する。
この二人、知り合い方が俺達伝いだったこともあって、友達の友達ぐらいの距離があったと思う。
しかし、今の歯に衣着せぬやり取りを見ていると、まるで姉妹のようである。いつの間にそんなに距離を縮めたのだろう。
「…………(ぽんぽん)」
横から肩を叩かれる。
「…………(あー)」
隣を見れば、加茂さんが口を開けていた。
何をご所望なのかは言わずとも分かる。だから、俺はスプーンで掬ったリゾットを自分の口には運ばず、そのまま彼女の口に持っていった。
彼女はそれを頬張ると、分かりやすく顔をほころばせる。そんな彼女を見て、俺の口角も自然と緩む。
「…………(すっ)」
それから、お返しとでも言うように、俺にピザを一切れ差し出してきた。
気恥ずかしさはあるものの、断る理由はない。差し出された一切れに齧り付く。
「ん、うまい」
「…………(えへへ)」
一言感想を言えば、加茂さんは笑みを溢す。
食べているものは特別なものじゃない。ファミレスではありふれたメニューの一つ。だけど、彼女から貰ったそれは不思議と特別美味しく感じた。
「…………(あっ)」
何かに気づいたように、加茂さんの口が開く。
どうしたのか。聞き返す前に、俺の顔に向かって手が伸ばされた。
「んむ」
口元を加茂さんの細い人差し指になぞられ、それが少しくすぐったく感じて身じろぎする。
彼女の指が離れると、その指には赤いピザソースが付いていた。
「……ありがとう」
上手く食べたつもりだったが、口元は汚れてしまっていたらしい。子供っぽいことになっていたのを自覚して、少し恥ずかしくなる。
「…………(あむ)」
そんな俺を気にも留めずに、加茂さんはピザソースを付けた指を咥える。
そこで気づいた。加茂さんの口元にもピザソースが付いていることに。
「加茂さんも付いてる」
「…………(えっ)」
「逆、こっち」
反対側を触っている加茂さんの口元に手を伸ばし、人差し指で掬い取る。
その指を口に入れようとして、直前で止めた。
"これは拭くべきなのでは"と考えてしまったのだ。紙はテーブルに備え付けられている。というか、俺の口に付いてたやつを取って舐めるって、加茂さん、結構大胆なことをしてる気が……。
「…………(じっ)」
加茂さんはこちらをじっと見つめてきていた。若干顔を赤くしながら。
多分、加茂さんも俺と同じく、後になって自分が何をしたのか自覚したのだと思う。俺を見つめる表情が、恥じらいのあるそれだった。
とはいえ、指摘するのも今更だ。なら、俺がここで取るべき行動は一つ。
「…………(えっ)」
――加茂さんと同じように、ピザソースが付いた指を咥えて舐めた。
加茂さんに恥は掻かせない。なら、俺も当たり前のように振る舞えばいい。そう考えたのだ。
見つめられながらこんな真似をすることに、気恥ずかしさは当然ある。それでも、俺は努めて平静を装った。顔は熱いが、表情は変えずにあくまで何ともない振りをした。
そして、咥えてから思った。
これ、殆ど間接キスみたいなものなのでは、と。
「「…………」」
俺も加茂さんもお互いに顔が熱くなって、暫くそのまま動けなかった。
「私達の存在忘れられてません? というか私達利用してイチャついてません?」
「いつものことよ。それより日向さん、後でデザート食べる? 今日は奢ってあげる」
「先輩も私のこと親戚の子供か何かだと思ってません?」
「いらない?」
「ティラミス食べたいです」





