加茂さんと譲れぬ戦い
今回の一件で、俺は加茂さんに二つの事を約束をさせた。
一つは、俺がOKを出すまでは一人で料理をしないこと。
これを言ったら加茂さんはショックを受けていたが、加茂さん自身も思うところはあったのだろう。特に反論もせずに受け入れてくれた。
二つ目は口論の原因にもなったこと――怪我を隠さないことである。これは加茂さんだけでなく、俺も一緒に約束した。
因みに、"隠さない"というのは、報告はしなくてもいいということだ。ちょっとした傷でも一つ残らず報告しろなんて言わないし、俺もできないと思うから。
それでも、決して隠そうとしてはならない。相手に心配をかけまいと思ってのことであっても、聞かれたら正直に答える。それだけはお互いに守ろうと決めた。
これが俺達の間で作られた初めての決まり事。もしかすると、今後も増えていくかもしれないもの。あまり考えたくはないが、朝のような衝突は今後もしてしまうだろうから。
だけど、不安はない。ぶつかり合ったら、その度にお互いが納得できる答えを一緒に考えればいい。一歩ずつ歩み寄って、足並みを揃えればいい。そうすれば、俺達はきっと大丈夫。
そして、加茂さんを家まで送る道中で、とあるお菓子の好みについての話題になり――。
[きのこでしょ]
「たけのこだろ」
――戦争が勃発した。
* * * *
「たけのこだよな」
『きのこだよね』
「朝からいきなり何の話してんだよ」
翌日、朝練を終えて教室に来た秀人に突っ込まれた。
「仲直り……できた?」
桜井さんが俺達の様子を伺ってか、恐る恐るといったように訊ねてくる。
桜井さんには結構心配をかけてしまったので、きちんと説明しておくべきだろう。
「大丈夫。昨日はちゃんと話し合えた」
「…………(こくり)」
「あ、そうなんだ」
「色々ごめん。心配かけたみたいで」
『ご迷惑おかけしました』
「ううん、二人が仲直りできてよかった」
俺達が謝ると、桜井さんは安堵するように朗らかな笑みを浮かべる。
「……できたんだよね?」
それから、確認するように訊ねてきた。
「できたけど、また新しく喧嘩中というか」
『戦争中』
「昨日より物騒になってね?」
今度は山田に突っ込まれる。確かにそうかもしれない。
昨日の話はお互いに歩み寄る余地があったが、この件に関してはお互いに一歩も譲れないでいる。よって、昨日より物騒になるのも必然と言えた。
「で、皆どっちだ?」
『きのこ派に清き一票を!』
「俺きのこ派」
「…………(ぐっ)」
「裏切り者めっ……」
「裏切りも何も元々たけのこ派になった覚えねえよ」
秀人がきのこ派に一票を投じてしまった。
これで一対二になってしまったが、まだだ。勝負はまだ終わっていない。あと二人がいる。
「二人は?」
「私はたけのこかなぁ」
「よしっ」
「…………(がーん)」
「あはは、ごめんね加茂ちゃん」
桜井さんはたけのこ派らしい。
これで二対二。票が並び、加茂さんと俺は山田を見る。
「桃がたけのこだから俺もたけのこって言いたいところだけど、どっちも好きなんだよなぁ」
「穏健派だったか……」
『無理には
決めさせられないね』
「あ、そこは引き下がるんだ」
きのたけ戦争には"穏健派は巻き込むべからず"という暗黙のルールがある。
そもそも、どっちも好きだということはたけのこが好きだということだ。敵視する必要なんてない。
「おはよー」
そんなやり取りをしていると、西村さんが教室に入ってきた。
「おはよう」
『おはよう』
「およ、加茂ちゃん仲直り上手くいった感じ?」
「…………(こくこく)」
「よかったよかった!」
加茂さんが頷くと、西村さんは嬉しそうな笑みを浮かべて彼女を抱擁する。
「西村も喧嘩のこと知ってたんだ?」
「まあねぇ」
俺も気になっていたことを山田が訊ねれば、西村さんは加茂さんにピタッと密着しながら答える。
「学校来たら教室が変な空気になってたんだもん。特に二人。気になるでしょ」
「ごめん」
『ごめんね』
知らないうちに心配をかけてしまっていたらしい。俺達が謝ると、西村さんは「まあ、でも」と続けた。
「昼休みに加茂ちゃんの後尾けて勝手に事情把握させてもらってたから、あんまり心配してなかったけどね」
「ええ……」
『気づいた時
びっくりした』
加茂さんはボードをこちらに向けながら苦笑している。その反応からして、後を尾けられたというのは本当らしい。何してるんだよ西村さん。
あと、心配しろとは言わないが、"心配してなかった"と言い切られるのも少し複雑である。
「西村はブレーキって言葉を覚えるべきだと思う」
「私の人生にブレーキはない!」
呆れる山田に、西村さんは清々しさを感じさせる勢いで言い切った。
『かっこいい』
「かっこいいか……?」
「西村、将来タチの悪いマスコミとかにはなるなよ……?」
「失敬な。私はあくまでカプ厨、カップルを追い求める者。政治やスキャンダル追うのに興味はない!」
その否定の仕方もどうなんだ。
『詩穂ちゃん
昨日はありがとう』
マイペースを極めている西村さんへの理解を放棄しかけていると、加茂さんが彼女にお礼を書いたボードを向けた。
「何で西村さんに?」
『直接謝りにくいならライナー使えばって
言ってくれたの、詩穂ちゃんだから』
そうだったのか。
「いやー、放課後まで一度もスマホ見てくれなかったのはビックリしたけどね」
「……今後は気をつける」
加茂さんと付き合っていく上でスマホを気にすることの大切さを、昨日、身を持って味わっている。
彼女にとって、ライナーの通知を無視されるのは声をかけて無視されるようなものだ。今後はこんなすれ違いを起こさないように気をつけなければ。
昨日の件を改めて反省していると、加茂さんがボードに文字を書き始める。
『きのこ派?
たけのこ派?』
「ああ、そうだ。どっち?」
「急に爆弾みたいな話題出してきたね」
唐突な質問に西村さんは「うーん」と唸りながら考えた後、真剣な表情で答えた。
「私、きのこもたけのこも争わないで互いに手を取り合うべきだと思うんだよ」
「成る程?」
『つまり?』
「だから私はチョコビス派を提唱する!」
「「…………」」
俺と加茂さんは顔を見合わせて無言で頷き、西村さんに言う。
「西村さん、今度たけのこ買ってくるから食え」
『きのこ買ってくるね』
「え? あれ? どして?」
第三勢力に情けは要らない。
「ね、ねえ、もしかして私プレミした?」
「西村って勇者だよな」
「俺も流石にそこで邪教を提唱する勇気はないわぁ」
「あはは……」
「桃の苦笑いが一番リアルで怖いよ……皆、骨は拾ってね」
「地雷原に骨拾いに行きたくねえからパス」
「同じく」
「詩穂なら大丈夫だよ、多分……」
「うわあああああああん!」





