表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/314

加茂さんはご立腹

 空は快晴。群青色の中心に輝いている太陽がいやに眩しい。

 耳に入ってくるのは歓声だろうか。沢山の人の声が聞こえる。でも、それを気にする余力は残っていなかった。


「…………(ぐいっ)」

「い゛っ!?」


 左足が引っ張られ、激痛が走る。飛び起きると、同じく起き上がっている加茂さんと目が合った。

 足の方を見ると、彼女が(ほど)いたらしいバンダナが地面に落ちている。


「……とりあえず、コースの内側入るか」

「…………(こくん)」


 

 加茂さんは立ち上がろうとして、お尻を浮かせる。そして、浮かせたまま、腕をぷるぷるさせていた。

 ……どうやらそこから先は無理らしい。立ち上がれないのはよく分かった。


 しかし、立ち上がらなければ移動ができない。それに、いつまでもここに座っていたらリレーの邪魔になる。既に邪魔かもしれないが。


「っ……」


 俺は痛みを堪えて無理矢理立ち上がる。そして、加茂さんに手を差し伸べた。


「ほら、立て」

「…………(おろおろ)」


 加茂さんは俺の手を前に、迷うような素振りを見せる。何を遠慮してるのだろうか。


「おい? 早く掴め」

「…………(そーっ)」


 加茂さんは恐る恐る、といったように俺の手を掴む。俺はその手を引っ張って、加茂さんを立ち上がらせた。


「あれ……?」

「…………(びくっ)」


 すると、視界が一瞬歪む。思いがけず、立ち上がったばかりの加茂さんの肩を杖代わりにしてしまった。


「……ごめん」

「…………(ふるふる)」


 驚かせてしまったことを謝ると、加茂さんは首を振って不安げな顔を覗き込んでくる。

 ……人の心配ができる立場じゃないだろ。自分だって怪我をしてるんだから。


「移動するけど、歩けるか?」

「…………(こくり)」

「なら、もう少し頑張れ」


 加茂さんの膝に目を向けると、それなりに大きい擦り傷ができていた。出血も止まっていない。早めに消毒させてやらないと。


「お疲れ!」

「凄かったな!」


 ゆっくり移動していると、こちらに何人からのクラスメイトが近寄ってくる。丁度良かった。


「加茂さんを保健室に連れて行ってくれ」

「…………(ぎょっ)」

「赤宮は?」

「後から自分で行く」


 そう言って、俺はその人達に加茂さんを預けた。加茂さんが慌てている気がするが、それだけ元気があるなら大丈夫だろう。

 俺は左足を引きずりながら、ゆっくりコース内に歩いて戻る。


「よ、お疲れ」

「ナイスラン」


 秀人と山田に声をかけられ、俺は軽く誇るように返した。


「だろ?」

「光太が自分の頑張りを認めた……!?」

「悪いかよ」

「悪くはない!」


 秀人は何故か嬉しそうだ。謎である。

 そして、話についていけてないらしい山田が秀人に訊ねる。


「そんなに珍しいのか?」

「光太、無駄にストイックだし」

「あー、分かる気がする」


 好き勝手言われるので、文句の一つでも返すために口を開こうとした――そんな時だった。


「あれ……」


 不意に体の力が抜け、視界が傾く。そして、秀人に寄りかかるように前に倒れる。


「うわっ、いきなりどうしたっ……光太?」


 秀人の呼びかけに応答ができない。

 さっき以上に、体が言うことを聞かない。というより、体の動かし方が分からなくなった。


「光太!? こ――っ、――――!」


 次第に、視界に(もや)がかかっていく。耳も遠くなって、周りの声が聞き取れなっていく。

 俺は薄れゆく意識の中で、"これは熱中症と貧血、どっちだろう"なんて酷く呑気なことを考えていた――。




 * * * *




「……んぁ……」


 気がついた時には、視界に見慣れない天井と白いカーテンが映っていた。

 俺は何をしていたのだろうか。寝起きだからか記憶がふわふわしている。


 ……寝起き? 俺はどうして寝てたんだ?


「ここ、どこだよ」


 体を起こして、呟く。


 ――そこでようやく気がつく。足の違和感に。

 足を見ると、両膝には大きめの絆創膏。左足に湿布と包帯。

 細かい擦り傷には何も貼られていないが、消毒済みであることはなんとなく分かった。


「……つまり、保健室か」


 ようやく意識が覚醒してきて、倒れる前の記憶が戻ってきた。

 そして、思いがけない人物の声がカーテンの向こう側から聞こえる。


「目、覚めたのね」

「神薙さん?」


 カーテンが捲られると、神薙さんと――その後ろに、加茂さんが居た。


「起きて早々で悪いけど、いい?」

「ああ」

「何をどうしたらこうなるの?」

「俺が聞きたい」


 二人三脚が終わって、気がついたらここにいた。俺自身が分かっていることはそれぐらいだ。


「それで、加茂さんはどうしてご立腹なんでしょうかね」


 頰を膨らませて怒り顔の加茂さんを横目に、俺は神薙さんに訊ねる。直接聞くのはなんだか(はばか)られた。


「自分の胸に手を当てて考えなさい」

「何も思い当たらんな」

「考 え ろ」


 神薙さんにドスの利いた声で再び圧力をかけられ、俺は仕方なく自分の胸に手を置く。


「……分からん」

「脳みそある?」

「ある」


 そこまで言われる筋合いはないのだが、分からないのもまた事実。

 俺は観念して、解答を求めるかの如く加茂さんに視線を送る。


「…………(ぷいっ)」


 しかし、加茂さんにはそっぽを向かれ、神薙さんには深いため息を吐かれたのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろうSNSシェアツール ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ