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加茂さんは憎めない

 学校も終わり、放課後になる。帰宅部の俺と違って、秀人はサッカー部なので一緒に帰ることはできない。

 ――というより、大抵の人は部活に入っている。逆に、帰宅部なんてこのクラスで俺ぐらいではないだろうか。


 俺は帰宅をしようと席を立ち、ふと左を見やる。

 加茂さんは、授業の板書をノートにまとめている途中だった。


「あ」


 本日の日直の手によって、板書は消されてしまう。

 しかし、それも仕方ない。加茂さん以外、皆ノートを取り終わっているのだから。

 加えて、ここは最後列の隅っこ。加茂さんがノートを取り終わってないことが分からなくても不思議じゃない。


 視線を戻すと、加茂さんは絶望したような表情でまっさらな黒板を見つめている。

 そんな加茂さんを見て見ぬ振りもできなかった俺は、思わず彼女に声をかけた。


「加茂さん、まだノート写してるのか?」

「…………(えへへ)」


 加茂さんは俺を見ると、頰を掻きつつ空元気のような笑みを浮かべる。虚しい笑みだった。

 見るに耐えなくなった俺は自分の鞄からノートを取り出して、加茂さんに差し出す。


「貸すよ」

「…………(ぱあっ)」


 加茂さんは、まるで花が咲いたような明るい表情を見せてきた。


 加茂さんの表情が面白いぐらいに一転したことに軽く吹き出しそうになるが、堪える。

 声はないのに、彼女の感情はかなり分かりやすかった。自覚しているのかは不明だが、全て表情や反応に出てしまっているのだ。


「返すのは明日でいいから、ゆっくり書いてくれ。それじゃあ加茂さん、また明日」


 とりあえず、俺は加茂さんにノートを押しつけた。そして、帰宅しようと廊下に向かう。


 ――ポケットの中の定期の存在を確認しようとした時、後頭部に衝撃が走った。

 硬い何かで殴られたような衝撃。俺は痛みに堪えながら、その犯人に文句を言うために振り向く。


「何で叩いた!?」

「…………(びくっ)」


 多少の苛立ちを込めて言えば、彼女はホワイトボードの陰に顔を隠す。

 ――俺はそこに書かれた文字を見て、怒鳴ったことを後悔した。


『ありがとう(≧∇≦)』

「……どういたしまして」


 ボードには、お礼の言葉と可愛らしい顔文字が添えられていた。


 きっと、加茂さんはお礼が言いたかったのだ。

 でも、俺がその前に帰ろうとしたから引き止めようとした。そして、喋らない彼女にはこんな方法しか引き止める手段が思いつかなかったのだろう。


「ごめん、いきなり怒鳴って」

「…………(ふるふる)」


 加茂さんは大丈夫という風に首を振る。直情的に反応してしまった自分が恥ずかしい。


「加茂さん、また明日」

「…………(ふりふり)」


 今度はちゃんと落ち着いて言うと、加茂さんは微笑みと共に手を振ってくれた。恐らく、"バイバイ"という意味だろう。




 校門を出て、駅に向かう。

 学校の周りを歩いていると、外周しているサッカー部達とすれ違った。


「赤宮、じゃあな!」

「お、おお」


 その外周メンバーの中に秀人の姿はなく、クラスメイトの山田がいた。声をかけられたが、手を振る間もなくすれ違って行ってしまう。

 やはり運動部は忙しそうだ。サッカー部なら尚更。改めて、部活に入らなくてよかったと心から思った。




「……あれ、ない」


 駅に着き、ポケットに手を突っ込む。しかし、入っていた筈の定期の感触がなかった。

 もしかしたら、道の途中で落としてしまったのかもしれない。


 俺は来た道を引き返そうとした時、こちらに駆け寄る小さな人影が見えた。


「加茂さん……?」

「…………(たったったったっ)」


 陸上部のような綺麗なフォームに、凄まじい速度。その姿に、俺は思わず見惚れてしまう。


「…………(ぴたっ、ずびしっ)」


 そして、俺の前まで来ると急停止し、あるものを眼前に突き出してくる。


「あ、それ」


 加茂さんが持ってきたのは、探していた俺の定期だった。俺がそれを受け取ると、彼女は小脇に抱えたホワイトボードに字を書く。


『教室に落ちてた!』

「わざわざ届けに来てくれたのか……ありがとう」


 駅は学校から近いから大した距離ではなくとも、面倒だった筈だ。

 俺は心から感謝の言葉を述べると、加茂さんは鞄から一冊のノートを取り出した。


「写し終わったのか?」

「…………(こくん)」

「早いな」

『あと少しだけだったから』


 身振り手振りと筆談を織り交ぜた会話でも、意外とどうにかなるものだ。

 そういえば、彼女は鞄を持っているが部活はどうしたのだろう。


「加茂さん、部活は?」

『入ってないよ』


 加茂さんも帰宅部だったらしい。クラスに俺以外にも帰宅部がいたことを知り、少し驚いた。


『またねヾ(゜ω゜)』

「あ、ああ」


 ノートを返され、加茂さんは急ぎ足で駅の改札前をそのまま通り過ぎて行った。彼女は徒歩通学者だったようだ。


 ……って、思い出した。定期落とした原因、加茂さんじゃないか。

 ポケットの中の定期を触った時にぶっ叩かれたんだよ。それで手を出して落ちたんだ。あの時以外ポケットには触れてないし。


「なんか複雑だな……」


 加茂さんが原因ではあるけれど、走ってまで届けに来てくれた。それは感謝している。

 俺は返されたノートを特に意味もなくパラパラめくった。すると、今日の授業範囲のページの最後に、小さく文字が書き足されていた。


[定期、私のせいでごめんね!

 許して!(>人<;)]


 ……謝罪に免じて、今日は素直に感謝だけしておくか。

 明日学校で気にしてないと伝えよう――そんなことを考えながら、俺は定期を使って改札を通った。

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