加茂さんとタピオカ
昼食として作る焼きそばの材料を駅前のスーパーで買い揃えた俺達は、現在、タピオカドリンクを片手に歩いていた。
というのも、スーパーで買い物を終えた際にタピオカドリンクの移動販売車が見えて、俺が"飲んだことない"と言ったら『おいしいから飲もう』と押しに押された結果、買う運びとなったのだ。
そして、実際に飲んでみた感想なのだが。
「思ったより腹に溜まる……」
味の感想よりも先に別の感想が出てきた。
タピオカドリンクを持ち上げて容器の底を除けば、底にはまだタピオカがたっぷり残っている。
カロリーが高くてもたかがドリンクと、正直言って侮っていた。
これを飲んだら昼ご飯要らずだ。そう思えてしまうぐらいの満腹感がある。焼きそば、食えるだろうか。
「…………(ずずー)」
「よくそんな勢いで飲めるな」
隣から聞こえるタピオカを吸う音の勢いに苦笑する。
因みに、ちゃっかり加茂さんも買っていた。もしかすると俺に勧めたのは建前で、単に自分が飲みたかっただけなのかもしれない。
美味しそうに飲んでいる姿に和みつつ、一応、確認のために訊ねてみる。
「この後、昼ご飯食えるか?」
「…………(きょとん)」
もう彼女から空腹の印は聞こえてこない。
「…………(はい)」
「え?」
加茂さんに飲みかけのタピオカドリンクを手渡されて受け取れば、彼女はボードを鞄から出してペンを走らせこちらに向けた。
『よゆう
デザートは別腹』
「……さいですか」
タピオカは果たしてデザートと呼称していいのだろうか。そもそも、その言葉を使うなら順序が逆なのではないだろうか。
色々気になることはあるものの、彼女自身か大丈夫だと言っているのでそれを信じることにした。
質問の受け答えが終わり、加茂さんにタピオカドリンクを返す。
「…………(じー)」
加茂さんは受け取ったそれをまじまじと見つめて動かない。
容器の周りに付着している水滴が、地面に滴り落ちていく。
「飲まないのか?」
「…………(はい)」
「え、あ、うん」
声をかけると、加茂さんは再びタピオカドリンクを手渡してくる。
二度目なので特に困惑することなくそれを受け取れば、彼女はペンを走らせこちらに向けた。
『タピオカチャレンジ』
「……ええと、うん」
その名前には聞き覚えがある。確か、胸の上にタピオカドリンクを乗せて手を使わずに飲む……そんな内容のものだった筈だ。
秀人からそういうものがあると聞いたことがあるが、それも去年の話である。実際にやってる人も見たことがない。
"それがどうした?"と俺が訊ねる前に、加茂さんは続けてペンを走らせこちらに向けた。
『やったことある?』
「まさか俺が聞かれるとは思わなかった」
「…………(じー)」
「いや、ないから」
どうして返答を待った。待たなくても分かるだろ。
大体、男でタピオカチャレンジなんてどうやってやれというのか。イナバウアーでもすればいいのか。というか、普通、これは俺が質問するものでは。
『私もやったことない』
そんなことを考えた矢先、加茂さんは自己申告してきた。俺が聞くまでもなかった。
……いや、聞かなくて正解だろ。危ない。ナチュラルにセクハラするところだった。
――そんな俺の安堵も束の間だった。
『できるかな』
「えっ」
加茂さんは片手でボードをこちらに向けながら、もう片手で何かを確かめるように自身の胸に触れている。
加茂さんがタピオカチャレンジ。彼女のボードの顔から視線をほんの少し下げながら、プールの時の彼女の体を思い返す。
彼女のそれは特別大きいものとは言えないが、決して小さいものでもない。彼女の小柄な体型を考えれば、普通よりはある方なのかもしれない。
……服の上からだと分かりにくいから忘れそうになるけど、小さくはないんだよな。タピオカチャレンジが可能かどうかは置いといて。
「っと」
眼前に"できるかな"の文字が書かれたままのボードが現れる。
それが邪魔で、加茂さんの表情は見えない。
けれども、彼女が俺の視界を塞いできた理由を察する程度なら容易く、その上で言わせてもらった。
「先に言い出したのはそっちだろ」
ガン見したのは悪いと思うが、"タピオカチャレンジ"なんて単語を出されて想像しない方が難しい。
そういった意を告げれば、俺の視界を塞いでいたボードが下ろされた。
「…………(うー)」
顔を赤らめていた加茂さんは、若干の不服が感じられる表情でボードを胸に抱く。恥ずかしいなら、最初から話題に挙げなければよかっただろうに。
……まあ、恥ずかしがってくれて助かったという安堵はある。もしも彼女の好奇心が羞恥心に勝ってしまったら、俺は先程の質問に答えなければならなくなっていただろうから。
「この話はこれぐらいにして、ほら」
話の切り替えついでに、俺は預かっていたタピオカドリンクを返そうと彼女に差し出した。
「…………(ぎゅっ)」
「加茂さん?」
――彼女は何をしているのだろう。
ギュッと目を瞑り、脇を締め、両腕で自分の胸を寄せながらも背筋を伸ばして胸を張る。
顔は赤らめたまま、口は一文字に結んでいる。相当な羞恥心と戦っているのが見て取れた。
「……普通に飲みなさい」
「…………(むぐっ)」
俺は一瞬だけ迷って、小言と共にストローの口を彼女の口に突っ込んだ。





