加茂さんの空腹
――三日間かけて行われた中間テストが終わった。
神薙さんは部活があるということで、二人きりの帰路に就く。
テスト期間中、加茂さんが夜更かしをして寝不足になったりしたものの、特に体を壊すということもなく、無事に終わることができた。
「テストどうだった?」
「…………(うー)」
隣を歩く加茂さんに訊ねれば、彼女は渋い顔でボードにペンを走らせる。
『分かんない
赤点はないと思う』
「……そっか。200位入れそうか?」
『分かんない』
続けて訊ねれば、彼女は二行目をペンの後ろに付いているイレーザーで消し、ボードをトントンと指で叩いた。自信は半々、といったところか。
『赤宮君は?』
「俺は……強いて言えば化学かな。反応式は多分大丈夫だけど、筆記が地味に不安」
『私 知ってる
その不安は大したことない』
「さらっと酷いこと言うな」
『赤点ないでしょ?』
「……そこ心配するレベルだったら加茂さんに勉強教えてられないから」
「…………(じとー)」
加茂さんは"やっぱり大したことないじゃん"とでも言うような視線を向けてくる。
「よし、テストの話はここまでにしてと」
「…………(じとー)」
「……それとも、家帰ったら昼ご飯の前に自己採点して復習でもするか」
「…………(ぎょっ)、…………(ぶんぶんっ)」
加茂さんは目を見開き驚いた後、心底嫌そうな表情で首を大きく横に振った。ようやくテストが終わって解放されたのに勉強なんてしたくない、といったところだろうか。
……自己採点はしてほしいという気持ちがあるが、強いるのはやめておこう。ただでさえ嫌いな勉強が余計に嫌いになりかねないし、テスト勉強はよく頑張っていたし。
「それじゃあ、今日は何作りたい?」
テストの話は一旦忘れることにして、俺は加茂さんに訊ねる。
作るというのは本日の昼食のことである。
というのも、前に弁当の話をした時、加茂さんに"中間テストが終わったら料理を教えてほしい"と頼まれていたのだ。ということで、ひとまず今日から、ぼちぼち料理を教えていくことになった。
『ハンバーグ』
……成る程。まあ、定番だ。
「今日は焼きそばにしよう」
「…………(えっ)」
俺は彼女の希望を確認した上で、その希望をスルーした。
すると、加茂さんはボードに文字を殴り書く。
『何でもいいって
言ったじゃん!」
不服そうな表情と共にボードをトントンと指で叩く。
うん、確かに言った。大抵のものなら作れるし、教えられるから。遠慮せずに言ってほしいと、何なら俺が念を押した。
――でも。
「希望聞いただけで今日作るとは言ってない」
「…………(むぅぅぅ)」
加茂さんは頬を膨らませる。そんな表情も可愛いなぁと思いつつ、拗ねられると話が進まなくなってしまうので訳を話した。
「加茂さん、お腹空いてるだろ」
「…………(きょとん)」
「学校でもお腹鳴ってたし」
「…………(ぴたっ)」
加茂さんが立ち止まり、俺も立ち止まる。
それはテストの席から自分の席へと戻った後の帰りのSHR中。隣から不意に聞こえてきたのだ。
最初はその音が何か分からなかった。しかし、横目に彼女を見てお腹を押さえていて、二度目に鳴った音で理解した。
恐らく俺の前の席だった山田は気づいていないと思うが、彼女の前の席だった桜井さんは気づいていただろう。
帰り際に彼女にキャラメルの包み紙を一つあげていたのも、それが理由なんだろうなということは察しがついていた。
「それに、昼ご飯がハンバーグだけって訳にもいかないからな」
おかずに関しては加茂さんの家は缶詰や冷食が沢山あるだろうから、どうにかなりそうではある。
でも、どうせハンバーグを作るなら米が欲しい。となると、米を研いで炊かなければならない。しかし、これは俺がやったとしても時間がかかってしまう。というか、そもそも加茂さんの家に米があるのか……インスタントならありそうだけど、どうせなら炊いた米がいいんだよな。後々は研ぎ方炊き方も教えたいし。
「焼きそばなら下準備は肉と野菜切るだけだし、麺は売ってるから。教えたとしても時間短くできると思う」
「…………」
「それとも、頑張ってハンバーグだけでも作ってみるか?」
「…………」
「食べたいだけだったら俺が作ってもいいけど」
「…………」
「……加茂さん?」
立ち止まり俯いてしまった加茂さんに色々提案してみるが、反応がない。
俺は軽く屈んで、一切返答を返さない彼女の顔を覗き込んでみる。
「…………(ぷるぷる)」
彼女は顔は真っ赤に染めて、涙目になっていた。





