表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
194/314

加茂さんのじぇらっ

「加茂さん、今回ばかりは諦めてくれ」


 教室に二人きりという状況となり、俺は一言目から直球でぶつかった。他に良い説得方法が思い浮かばなかったというのも理由ではある。


「…………(えっと)」


 俺に抱き留められてこちらを見上げる加茂さんは、戸惑ったような表情をしている。

 それもそうだろう。突然二人きりにされ、俺に抱き留められているせいで身動きも取れない。俺の言葉に答えることも、逆に訊ねることもできない。会話ができないのだ。


「…………(じっ)」


 加茂さんは"一回離して"と目で訴えかけてくる。会話の手段であるボードとペンを手に取るためだろう。


「諦めるまで離さない」

「…………(えっ)」


 そんな彼女の訴えに、俺は応じなかった。


「…………(じとー)」

「そんな目で見ても離さないからな」


 言うなれば、これは力押し。しかも、俺は不意打ちのように加茂さんの拒否権を奪った。

 かなりセコい事をしている自覚はある。流石にどうなんだとは思う。それでも、今回だけは譲れない。


「…………(うぐぐぐ)」


 加茂さんは無言の訴えをやめて、俺から離れようともがき始めた。


「…………(ぼすぼす)」


 俺の背中に手を回し、叩いてくる。どうしても離れたいらしい。

 ……今回は明らかに俺のやり方が汚いから、仕方ないんだけどさ。こういう反応をされると思ってしまう。


「そんなに拒否られると傷つく……」


 加茂さんの行動がそういう意味じゃないと分かっていても、心にくるものがある。


「…………(ぴたっ)」


 すると、加茂さんの身動きが止まる。それから、徐に俺を見上げ、見つめてきた。

 まさか俺が漏らした言葉を素直に受け止めて、離れるのをやめてくれたのだろうか。優しすぎでは。感極まって、彼女を抱く力が強めてしまいそうになる。


「……は……な……して……」

「――――」


 彼女は()()()

 "離して"と、くぐもり気味の小さな声で、四文字をはっきりと発音した。


「……ごめん」


 俺は加茂さんから手を離し、一歩下がり、謝罪する。


 やってしまった、と思った。

 声を出すという本来なら当たり前に存在する手段を、俺は思い切り失念していた。そのつもりがなかったとはいえ、その手段を取らなければならない状況を作ってしまっていたのだ。


 後になって襲ってくる後悔と罪悪感。

 あまりに浅はかな説得方法だったという自責の念。


「…………(ぱちくり)」


 ところが、加茂さんは意外にも平気そうだった。俺が手を離したことに驚いているのか、目を瞬かせて俺を見つめている。


「…………(はっ)」


 加茂さんは思い出したようにボードとペンを手に取り、程なくしてボードをこちらに向けてくる。


『話して』

「……え?」


 "話して"? もしかして、先程の加茂さんの言葉は"離して"ではなかった?

 というか、加茂さん、今、普通に声出してた気がするけど。平気なのか。それとも、何か言った方がいいのか。


『どうしてハイタッチ

 ダメなの?』


 軽く混乱して言葉に迷っていると、加茂さんは訊ねてくる。

 ……とりあえず、声に関しては触れないで、彼女の質問に答えることにした。


「ハイタッチが駄目なんじゃなくて、俺が秀人にやったあれを加茂さんにやりたくないんだ」

「…………(こてん)」

「痛い思いさせたくないから」


 訝しむような表情で首を傾げる加茂さんに言う。

 あのハイタッチは秀人も痛がっていたし、俺自身も手がヒリヒリする程度の痛みはあった。男同士、秀人とだからこそできるノリ、とも言える。


『ずるい』


 すると、加茂さんはそんな三文字を返してきた。


「ず、ズルい?」


 言葉の意味がよく分からなくて訊ね返せば、すぐに返事が返ってくる。


『赤宮君の特別は私』


 その文の意味を理解するのに、数秒はかからなかった。


「羨ましかった?」

「…………(ぎくっ)」


 加茂さんは図星を突かれたかのような反応を見せる。


「…………(こくん)」


 沈黙の後、彼女は少し恥ずかしそうに頷いた――。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろうSNSシェアツール ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
[良い点] 更新ありがとうございます。 加茂ちゃんそんなにか…と思いきや。そっちの「はなして」だったΣ 秀人くんが特別と言うと語弊を生みそう。笑 同じ様にしたら、加茂ちゃんが引っくり返っちゃいそう…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ