加茂さんとハイタッチ
「終わったー! うぇーい!」
「…………(わー)」
下校時刻が近づき、本日の勉強を終えると、秀人と加茂さんはようやく自由を手に入れたと言わんばかりにハイタッチをする。
この二人、勉強嫌いという共通点があるからなのか、勉強に関する事柄になると妙に息の合った行動を見せてくる。だから、このハイタッチを見るのも初めてではない。
……初めてではないのに。仲睦まじい二人を見ていると、胸の中にあるモヤモヤとした感情が膨らんでいく。
この感情が何かははっきりと分かっている。だからこそ、自分の心の狭さを認識してしまい、思わずため息が漏れてしまう。
「赤宮君もお疲れ?」
それが少し顔に出てしまっていたのか、帰り支度を進めている神薙さんに声をかけられた。
「そんなところ、だな」
「そう」
流石に、たったこれだけでヤキモチを焼いたとは言えなかったので、俺は適当を言ってはぐらかした。
神薙さんは俺の言葉を特に疑うこともなく、一言だけ返して帰り支度を進めていく。俺も手は止めずに――無言でこちらに近づいてくる加茂さんに言った。
「加茂さんは帰りの準備しような」
「…………(じー)」
「加茂さん?」
彼女に目を向ければ、彼女は手のひらを俺に向けて真っ直ぐに伸ばしている。まるで、ハイタッチをせがむように。
……これだけで先程まで抱いていたヤキモチが消えてなくなってしまう俺は、多分チョロいのだと思う。
「うぇーい」
「…………(わー!)」
「光太がハイタッチとか珍しっ」
加茂さんとハイタッチをすれば、横から秀人が驚いたような声を出す。
そんな風に言われる程珍しくはねえよ……とも言えなかった。実際、普段はこういう事をやらないから。
「光太、うぇーい!」
秀人は加茂さんに続くようにハイタッチの構えを取ってくる。
仕方ない。今日だけはそのノリに付き合ってやるとしよう。
「うぇー……」
「え、何その溜め」
「――ぇいっ!」
「いだぁ!?」
俺は両腕を振りかぶり、思い切り秀人の手のひらに俺の手を叩きつける。
パァンと大きな音が響き、手には痺れたような痛みが走った。
「よし」
「よし、じゃねえよ! 痛えよ! ハイタッチで腕振りかぶんな!」
「俺の手も痛いんだからお相子だろ」
「俺の心も痛いからお互い様〜とかいう謎理論みたいなこと言うのやめろや」
秀人が怒涛の突っ込みを入れてくる。
対する俺は、スッキリしていた。たまにはこういうのも良いなと思う。
「赤宮君、疲れてる……?」
「いや、逆に今ので疲れ吹っ飛んだぐらい」
「そ、そう……?」
過去一番の心配の眼差しを神薙さんから向けられているのは気のせいだろう。
「…………(ばっ)」
「ん?」
すると、加茂さんが再びハイタッチの構えを取り始めた。神薙さんにではなく、俺に。
もしかして、もう一回やろうということだろうか。いいけど、どうしたんだろう。
「うぇーい」
「…………(ふるふる)」
「……違う?」
先程と同様にやってみれば、加茂さんは首を横に振った。
ハイタッチがした訳じゃないなら、その構えは何なのだろう。考えても分からず、首を傾げる。
加茂さんは机の上に置いていたボードを手に持ち、ペンを走らせ、こちらに向けた。
『石村君とやってた
ハイタッチ私もしたい!
( /╹▽╹)/ \(╹▽╹\ )』
「え」
俺は加茂さんの要望に驚き、慌てて言った。
「痛いだけだし、やめた方が……」
「え、そのやめた方がいいやつ俺にやったの?」
「いいだろ別に」
「よくねえよ。いいけど」
それは結局いいのでは。
「…………(むー)」
「……まあ、そういう訳だから」
「…………(むっ!)」
加茂さんは再び、ハイタッチの構えを取ってくる。納得できないのか、引く気は更々ないらしい。
参ったな。今のは秀人にだからできることで、加茂さんにやるのは気が引ける。加茂さんは女子であり、彼女だ。気の置けない関係ではあっても、秀人と同じ対応するのは流石に……。
『やって!』
要望に応じようとしない俺に痺れを切らした加茂さんが、ボードに大きく文字を書いて再度要望を突きつけてくる。
「はぁ」
「…………(わくわく)」
ため息を吐くと、加茂さんは俺が説得を諦めたと思ったらしい。彼女はボードを下ろし、目を輝かせながらハイタッチポーズで待機を始めた。
俺はそんな彼女の腕を掴んで軽く引いた。
「…………(わっ!?)」
体勢を崩してこちらに寄りかかってきた彼女を抱き留め、一回り小さな背中に腕を回す。
「わーお」
「赤宮君?」
俺達のやり取りを横で見ていた秀人は茶化すような声を上げ、神薙さんは俺に声をかけてくる。
彼女の声音に"急に何してるの"といった意味が含まれているのは分かっていた。分かった上で、俺はそれに答えず二人に頼んだ。
「加茂さんと二人になりたいから、今日は先に帰っててくれ」
「……九杉に変なことしないでね」
「ああ、絶対しない」
俺が言い切ると「帰るわよ」「んじゃ、また明日なー」という声が聞こえ、足音が遠ざかっていく。
さあ、ここからは説得の時間だ。