幸せの共有
秀人視点。
昨日、光太が加茂さんにキスをしたらしい。
「ただの惚気じゃねえか」
一番最初に口から出た感想はそれだった。加茂さんの様子からして惚気なんだろうということは想像がついていた上で、やっぱり言わずにはいられなかった。
光太は顔を赤くしながら無言で俺を睨みつけてくる。悪いかよ、とでも言われてる気がする。
「…………(にへらー)」
対して、加茂さんはなんて幸せそうな笑みを浮かべるんだろう。
……実際、幸せなんだろうな。好きな人と結ばれて、好きな人から好意をしっかり示されて。羨ましい限りだ。
「まあ、なんだ。よかったじゃん」
「…………(ふへへぇ)」
加茂さんに祝福の言葉を送れば、彼女の笑みはだらしないものに変わる。このままの状態で教室に戻らせたら、幸せオーラを振り撒く新手の通り魔になりそうだ。
でも、それも少し面白そうだな……なんてことを考えていると、光太が変なものを見るような目を俺に向けてきていることに気づいた。
「何だよ」
「思ってた反応と違う……」
「次から揶揄うわ」
「やめろ」
光太は心底嫌そうな顔で即答する。
まあ、言いたいことは分かる。俺も最初はちょっと揶揄ってやるつもりで話を聞き出そうとしてたし。
それならどうしてしなかったのかといえば、幸せそうな加茂さんを見ていたら揶揄う気力が失せた。不思議なことに、綺麗さっぱりなくなった。
俺自身、よく分からない。もしかすると、彼女の幸せオーラに当てられたのかもしれない。割とマジで。
「はぁ……」
光太がため息を吐いた。
ぽやぽやして完全に上の空な加茂さんのことは置いといて、俺は小声で光太に話しかける。
「幸せが逃げんぞー」
「言いたくなかった」
そこまでか。
「別にキスぐらい付き合ってりゃ普通だろ。そこまで恥ずかしがる内容か?」
「恥ずかしいというより、俺と加茂さんだけの思い出を人に覗き見られた感じがな……」
最近、光太の思考がおかんから乙女に若返っている気がする。
恋愛面での心の成長という意味では良いことだと思う。だけど、一男友達としては聞いていて気色悪いなぁと思ってしまうところでもある。
「気色悪い」
「うっせぇ」
思ってしまったものは正直に口に出しておいた。
「加茂さんの気持ちも分かってやれ」
ついでに、加茂さんの方のフォローも。
加茂さんは光太を止めるどころか、逆に背中を押して話させていた。でも、それは光太を弄ろうとしたからじゃない――加茂さんは誰かに惚気たかっただけだ。
自分の嬉しい出来事を、幸せな感情を、誰でもいいから共有したかった。ただそれだけ。
話を光太に聞き出そうとしてる時からそわそわと落ち着きない素振りをしていたのも、単に内心ウッキウキだったからだろう。
「分かってる」
光太もそれは分かっていたらしく、複雑そうな表情のまま言い切った。
「ならいいけどよ」
加茂さんの気持ちもしっかり分かっているのなら、これ以上の言葉は要らなさそうだ。
あと、そろそろ加茂さんの方も引き戻しておいた方がいいか。走り終わった奴等の視線集め始めてるし。
「加茂さーん」
「…………(はっ)、…………(ふへぇ)」
加茂さんは俺の声に反応すると、緩んだ笑みをこちらに向けてくる。
「その顔は彼氏に向けてやれ」
「…………(はっ)、…………(すーっ)」
加茂さんの視線が、俺から光太の方にスライドしていく。
「…………(えへへ)」
加茂さんが再び表情を緩ませると、それに釣られるように光太の表情も緩む。
顔を合わせただけで二人の世界を作り始める光太達を横目に、俺は小さくため息を吐いた。
――頰にキスでこれなら、これ以上先に進んだらどうなるんだか。





