加茂さんの不安
「…………(ぎゅー)」
「…………」
今日のテスト勉強は終わり、二人きりの帰り道。俺達は手繋ぎではなく、腕を組んで歩いている。
昨日もこれで加茂さんの家まで歩いていた。これから毎日これで帰るのだろうかと思うと、少し恥ずかしい気もする。
……まあ、それはいい。恥ずかしいだけで嫌ではないから。
気になるのは、加茂さんの表情がどことなく硬いこと。
「…………(ぎゅぅぅぅぅ)」
あと、彼女にしてはやけに力を込めて腕を組んできていることも気になっている。
引っ付いてくれるのは嬉しい。でも、謎の必死さが伝わってくるから気持ちが落ち着かない。というか、腕に当たってる。また押し付けられてる。落ち着ける筈がない。
「日向に何言われた?」
「…………(びくっ)」
彼女の様子がおかしい理由には予想がついていた。
足を止めて訊ねると、返ってきたのは相も変わらず分かりやすい、愛らしい反応。
返答を待つように目を向ければ、加茂さんは俺と目を合わせた状態で固まってしまう。
「加茂さん?」
「…………(さっ)」
目を逸らされた。
「答えてくれ」
少し強めに理由を問い詰めてみる。喋らない理由よりは答えにくい質問ではないと思うから。
すると、加茂さんは暫く視線を彷徨わせ、ついに観念したのか、ボードにペンを走らせる。
『油断してたら
赤宮君取るって』
「……そう言われたのか?」
「…………(こくり)」
加茂さんは頷く。
「つまり、俺を取られたくないから引っ付いてると」
「…………(こくこく)」
俺の確認に対して加茂さんは小さく頷き、そのまま顔を俯かせる。
……納得した。少々大胆なこの密着は彼女の不安の表れだったらしい。
ああ、だから教室で、日向の前でも引っ付いてきたのか。俺を取られまいと……可愛いかよ。
「加茂さん」
呼びかければ、彼女は俺を見上げる。
「俺が好きなのは加茂さんだから」
「…………(こくり)」
想いを伝えると、彼女は"分かってる"といったように頷いた。
「まだ不安か?」
「…………(ふるふる)」
「……嘘下手だな」
否定する彼女の表情はあからさまに不安げで、つい笑ってしまう。
そして、いつもならそんな俺にムッとした反応を返してくる加茂さんだが、今回は違った。
顔を俯かせ、彼女は腕を組んでる方の手を下ろして俺の手に触れてくる。
控えめに触れるだけで、握ってはこない。彼女の指がくすぐったくて、もどかしい。
「…………(びくっ)」
俺が何も言わずにその手を握ると、加茂さんは驚いたように体を揺らす。
まだ表情には不安が残っている。
その不安を、俺はどうすれば取り除いてあげることができるだろう。どうすれば、彼女を安心させてあげられるだろう。
「…………(じっ)」
考えていると、加茂さんと再び目が合う。
――そろそろ、とあるものを無視し続けることにも限界だ。
「一回離れよう」
「…………(えっ)」
「ごめん」
俺は彼女の手をパッと離し、組んでいた腕も一方的に解く。
加茂さんはどうしていきなりそんなことを言われたのか分からない……そんな表情で俺を見つめられると、物凄く申し訳ない気持ちになる。本当にごめん。
「加茂さん、手貸して」
「…………(えっ)」
「……勝手に借りるぞ」
とりあえず、俺は加茂さん手を取り、引き、俺の胸に手のひらを触れさせた。
「…………(ぱちくり)」
すると、加茂さんは俺のすっかり煩くなった心臓の音を手で感じたのか、驚いたように目を瞬かせる。
「さっきから、腕に当たってるから」
こうなってしまっている理由を、俺は恥ずかしい気持ちを堪えながら伝えた。
「…………(ぼふんっ)」
すると、彼女の顔は沸騰したように真っ赤に染まる。
反応からして、無自覚だったんだろうな。いつものように。そう思って手を離した。
すると、彼女はハッとした顔になり、手を震わせながらボードにペンを走らせこちらに向けてくる。
『あててるのょ』
ボードに書かれたのは、ミミズのようによれよれとした文字。
そうか。当ててたのか。故意だったのか。ふーん……。
「嘘だろ」
ちょっと信じられなかった。
「…………(ふるふる)」
加茂さんは首を横に振る。羞恥を押し殺すように、真っ赤な顔で俺の言葉を否定する。
その表情が、彼女が嘘を吐いていないという証明だった。
「そっか……」
本当に故意だったらしい。理由は……わざわざ聞くまでもない。
安心させてあげたい。安心させてあげられるぐらいの愛を、伝えたい。
「目、瞑ってくれるか」
「…………(きょとん)、…………(ぎゅっ)」
加茂さんは俺の頼みに素直に応じるように瞼を閉じる。
――無防備になった彼女の頰に、そっと口付けた。
「…………ぇ」
頰から口を離す頃には、彼女の瞼は既に開いていた。
ゆっくりとした動きで俺が口付けた部分に触れると、彼女の顔は再び熱を帯びていく。
「まだ不安ならもう一回するけど」
恥ずかしさは当然ある。俺の顔も加茂さんと似たようなことになっていると思う。あと、いくら周りに人が居ないからといって、こんな道端で何やってんだとも思う。
でも、そんな気持ち以上に、彼女に分かってほしかった。俺の一番は加茂さんだけなのだと。
「どうする?」
「…………(ぶんぶんっ)」
すっかり熟れた果実のようになってしまった彼女は、首を大きく横に振った――。





