加茂さんの筋力
加茂さんが泣き止んだ後、少し気になったことを訊ねてみる。
「さっき聞いた声、アニメ声って感じしなかったけど」
先程、加茂さんは"うん"と声を出して返事をしてくれた。
耳馴染みのない彼女の声は新鮮だったのは事実だが、そこまで特徴がある声には聞こえなかったのだ。
『がんばって
低い声出した』
「……成る程」
どうやら作った声だったらしい。
……ああ、だから、"変だった?"なんて確認取ってきたのか。納得したような、素の声が聞けなくて少し残念なような。
「因みに、日常的にその声で喋るっていうのは?」
『難しい
疲れる』
「あ、そう」
まあ、その程度の工夫でどうにかなってたら苦労してないよな。
「じゃあ、この話はここで終わりにして、何かするか」
「…………(きょとん)」
「今日は遊びに来たんだろ?」
「…………」
あれ、違ったっけ。呆然としている加茂さんに、俺も自分の記憶に自信を持てなくなってライナーを確認してみる。
ライナーには、"明日、会えますか"と"赤宮君の家に行きたいです"と送られている。
……遊ぶって話、一個もしてない。
「もしかして、俺の母さんに挨拶するのがメインだった?」
「…………(さっ)」
加茂さんは素早く目を逸らした。図星らしい。
「言うタイミングなかったから今言うけど、次からこういう大事な話は事前に俺に言ってくれ……」
『ごめんなさい』
小言を言わせてもらうと、加茂さんは縮こまりながら素早くボードをこちらに向けてくる。反省はしているようなので、これぐらいにしておこう。
でも、そっちの目的がメインだったのか……ということは、今日の目的は終わってしまったということだ。
「えっと、どうする?」
訊ねると、加茂さんはボードに文字を書いてこちらに向けてくる。
『まだいてもいい?』
「……うん」
彼女が書いた文字を見て、安心した。
まだ一緒に居たいという気持ちは、俺と同じみたいだから。
「よし。じゃあ、何かするか」
立ち上がって、ゲーム等を置いている棚を見てみる。
さて、何をやろう。いつも加茂さんの家で遊ぶ時はゲームばっかりだし、安定のゲームにしようか。
「…………(ちょんちょん)」
「ん?」
悩んでいると、加茂さんが俺の腕に触れてきた。
彼女の方に目を向けると、その手には40kgのハンドグリップが握られている。
「……やってみてもいいけど」
「…………」
加茂さんは無言でハンドグリップを見つめ始める。
まさか、ハンドグリップがどういうものか知らないのだろうか。
「…………(ぷるぷる)」
いや、違った。目を凝らしてよく見ると、彼女の体が微かに震えているのが分かる。多分、力入れてる。ビクともしてないけど。
まあ、俺でも一握り結構疲れるし、加茂さんには無理か。
「…………(ふぬぬぬぬぬ)」
あ、諦めて両手で握り始めた。手段を選ばない必死さがちょっと可愛い。
「…………(ぴたっ)」
和んでいると、加茂さんの震えが止まる。
諦めたのかと思っていたら、彼女はハンドグリップの片方のグリップ部分を床に着け、もう片方を両手で握り締め――。
「おいこら」
「…………(あいたっ)」
――グリップに全体重をかけようとしたところで、加茂さんにデコピンをした。
「…………(むー)」
「"何するの"はこっちの台詞だ。体重かけようとすんな」
壊れ……はしないかもだけど、使用方法として間違ってるから。途中までは微笑ましかったけど、流石にそれは手段を選ばなさすぎる。
加茂さんからハンドグリップを没収すると、彼女は少し不満げな顔でボードをこちらに向けてきた。
『かたい』
「見てれば分かる。これ40kgだけど、加茂さんって握力何kg?」
すると、彼女は両手をこちらに向けてきた。右手が人差し指一本、左手はパーの形で。
「51kg……じゃないよな」
「…………(こくり)」
つまり、加茂さんの握力は15kg。
……低いな。俺の半分以下って。前から力弱いなと思ってはいたけど、そこまで握力なかったのか。
「一応聞くけど、どっちの手?」
加茂さんは右手を上げ、すぐに下ろしてボードに文字を書いた。
『どっちも15
赤宮君は?』
「今年は右47kgで左45kgだった」
「…………(ぱちぱち)」
拍手されるような記録じゃないんだよな。嫌な気持ちはしないけど。
「加茂さんって握力はそうでもないんだな」
運動神経に関しては知り合ったばかりの頃に秀人達に聞いていたし、体育祭の時にも直接目にしている。猫探しの時に見せてもらった、人間離れした柵越えは記憶に新しい。
だからこそ、体力テストはオール10評価なのだと勝手に思っていたのだが、そういう訳ではなかったようだ。
「…………(あはは……)」
そんな俺の反応に、加茂さんは困ったような笑みを浮かべる。
『よくかん違いされる
運動は得意だけど
うでの力とか自信ない』
ボードをこちらに向けた後、加茂さんは腕捲りをする。
そして、力こぶを作る仕草をすると、ほんの少しのこぶが見えた。
「…………(ぐいっ)」
突然、加茂さんに手を引っ張られて、その手はそのまま彼女の二の腕に触れる。
ふにふにと、自分のものより遥かに柔らかい手触り。筋肉の感触はあまりしない……じゃなくて。
「加茂さん?」
触らせられた側の俺が思うのも変な気はするが、触ってよかったのだろうか。
そういう意味で彼女に声をかけると、彼女は俺を見ながら小首を傾げる。恐らく、"どう?"と感想を求められている。
「……腕、細いな」
「…………(えへへ)」
褒め言葉なのかすら怪しい俺の感想に、加茂さんは嬉しそうな笑みを溢した。
――その後は何事もなく、いつものようにゲームで遊んで過ごしたのだった。
【おまけ】
「加茂さん、猫探しの時に柵越えしたよな。あのブロック塀に乗るのどうやったんだ? あれ、相当腕の力ないとキツかったと思うんだけど」
『ほとんど腕使ってない 足
塀のみぞに足のつま先
ひっかけて坂駆け上がる感覚』
「……塀、垂直だったよな?」
『練習すればできるよ』
「できる気しねえよ」