加茂さんは俊足
体育祭開幕じゃい!(/ ゜д゜)/
待ちに待った……程でもない、六月初旬の体育祭。
空は快晴。太陽が眩しく、暑さを考えなければ絶好の運動日和と言える。
俺は椅子に座って頭にタオルを被り、気休め程度に日差しから身を守っていた。
「あっついな……」
「先生って日除けテントあるの狡いよなー。熱中症注意するなら俺達にも寄越せっての」
秀人は妬むように、本部やPTAの観覧席を見つめる。それらの場所には、仮設の日除けが設置されていた。
熱中症対策をするなら秀人の言う通りなのだが、費用の問題や大人の事情があるのだろう。年に一回の行事のためにそこまで出せないとか、そんな感じの。
ないものは仕方ないので、不満はあっても我慢するしかないのが現実だ。
「色別対抗リレーに出場する生徒は入場口に集まってください」
「あ、俺だ」
種目のアナウンスが耳に入ると、秀人は立ち上がる。俺は手を振って、ゆるーい声援を送った。
「がーんーばーれーよー」
「モチベ下がる言い方すんなっ」
「これでも気持ちは込めてる」
「……分かってる。んじゃ、行ってくるわ」
秀人は苦笑いして、俺に手を振り返す。そして、他のクラスメイト達と言葉を交わした後、入場口に向かった。
「……そういえば、加茂さんも出るんだっけ」
席には既に加茂さんの姿はない。それを確認した時、一年生の学年種目が終わって退場が始まる。
同時に、アナウンスと共に女子の色別対抗リレーに出場する生徒達が、小走りで入場を始めた。
「あ、いた」
最後列から続く加茂さんの姿を見つけた。どうやら、このリレーも彼女は最終走者のようだ。
先に始まったのは、女子のリレーだった。
ピストルの合図で、第一走者が走り出す。色別対抗リレーは学年種目に続いて高い点数になるため、これに出場する陸上部も少なくない。
一周、二周と、次々に走り抜けていく女子をぼーっと眺めていたら、気がつけば最終走。
出番が近づいた加茂さんは、既にスタートラインに立っていた。一番内側にいることから、どうやら加茂さんのチームは一位のようだ。
ついに加茂さんが走り出す。そして、バトンを受け取った瞬間――ロケットのように急加速した。
「速っ」
他の人も決して遅くはない。女子にしては速い人達ばかりだ。
――それ以上に、加茂さんが速すぎる。一位を独走する彼女はどんどん二位との差を広げ、そのままゴールテープを切った。
「凄いな……」
思わず感嘆の声を漏らしてしまう。
本気で走る加茂さんを見たのは今日が初めてだった。運動神経が良いとは聞いていたが、まさかここまでとは。
ゴールした後の加茂さんは、同じチームの人達にテンション高めで迎え入れられていた。
加茂さんは困惑した様子ではあったが、とても楽しそうに顔を綻ばせている。
「……頑張るか」
そんな彼女を目にした俺は、午後の部のプログラムの文字を眺めながら小さく呟いた――。
* * * *
午後の部最初の種目、二学年クラス対抗、二人三脚リレーの時がついにやって来た。
入場が終わり、俺と加茂さんはクラスの最後列で座っている。
ピストルが鳴る。その合図と共に第一走者のペアが走り出すと、各クラスの声援が飛び交い始めた。
俺はそんな光景を、後方からぼんやりと眺める。
応援は心の中でしていた。叫んで応援するのが苦手なのだ。
加茂さんはというと、手に力が入っているらしく胸の前で拳を作っている。そして、走っているクラスメイトを固唾を呑んで見つめていた。
きっと、加茂さんなりに心の中で応援しているのだろう。俺以上の熱量で。
「……それにしても、皆速いな」
二人三脚リレーも折り返し、半数が走り終えている。そして、驚くことに、俺達のクラスは一位をキープしていた。
別に足の速い人が多い訳でもない。誰も転ばず、堅実に、一定のペースを保ちながら走っているだけだ。
だからこそ、二位との差はなかなか広がらない。10メートル程の距離を保つように、他クラスの走者が後方を走っている。
「これ、一位いけるんじゃね?」
「いったれー!」
「頑張れー!」
残りの走者も少なくなり、生徒の声援も段々と熱を帯び始める。
そして、出番が近づくにつれて、加茂さんは落ち着きを失い始めてきた。
「…………(そわそわ)」
「落ち着け」
「…………(びくっ、ちらっ)」
加茂さんは不安げな表情で俺を見る。
正直言って、俺も不安だ。しかし、落ち着けと言った手前、表には出せない。
一位なのは喜ばしいことである。ただ、最終走者が俺達であることを除けば。
一位故のプレッシャー。
皆の頑張りを全て台無しにしてしまう可能性。
加茂さんもそれが分かっているから、不安なのだろう。
「赤宮、これ」
「ん……ああ」
顔を上げるとそこには、クラスメイトの岸田が立っていた。
渡されたバンダナを受け取ると、彼は俺達を交互に見る。そして、控えめに笑った。
「何だよ」
「そんなに気負わなくていいと思うよ? ほら、リラックスリラックス」
「それができたら苦労してねえ」
岸田は確か前半の方だった。きっと、もう走り終えたのだろう。
気にして声をかけてくれたのは嬉しい。しかし、今は何を言われてもプレッシャーにしか感じられない。
「加茂さんも緊張してる?」
「…………(こくん)」
岸田は隣の加茂さんに訊ねる。彼女は彼の質問に、固い表情のまま頷いた。
「二人の頑張りは皆知ってるし、順位なんて気にしなくていいからね」
「……分かってる」
「…………(こくん)」
俺達の緊張を和らげるために言ってくれているのが伝わる。その優しい気遣いは素直に嬉しかった。
「それに、きっと石村と山田が100メートル差ぐらい付けてくれるって」
「…………(くすっ)」
「あ、加茂さん笑った」
加茂さんは先程までの固い表情から一変、どこか柔らかい笑みを見せる。
「赤宮も加茂さん見習ってリラックスしなよ。それじゃ」
そう言って、岸田は踵を返して他のクラスメイトの元に行く。
「……結ぶか」
「…………(こくっ)」
緊張は、完全にとはいかないが、かなりマシにはなった。
加茂さんは頷き、片足を近づけてくる。俺も片足を近づけて、彼女の足とバンダナで繋ぎ始めた。
「できるだけ転ばないように頑張ろうな」
「…………(ぐっ!)」
俺の言葉に、加茂さんは親指を立てて微笑み返す。俺も親指を立てて、彼女の真似をした。
その後、二人三脚リレーは俺達のクラスが一位のまま、順調に進んだ。
そして、この調子で俺達の出番が回ってくるかに思われた――その時だった。
「あっ」
「…………(ばっ)」
今走っていた走者は、桜井さんと西村さん。そのペアが転んでしまったのだ。
俺は思わず声を漏らし、加茂さんは立ち上がって心配そうに二人を見つめていた――。
『次回、私が覚醒!』
「嘘をつくんじゃない」





