加茂さんとお月見と、
お月見という名目のミニパーティーはつつがなく終わり、片付け中。
――俺と加茂さん……主に俺だが、現在、ツキの妨害に頭を悩ませていた。
「どうするかな……」
「…………(おろおろ)」
椅子を物置に運び終わった俺達は、他の手伝いに戻ろうとしていた。
ツキはそんな俺達の前に現れ、何故か突然、俺の右靴の上に乗っかってきたのである。
「…………(そーっ)」
「フシャーッ」
「…………(びくっ)」
加茂さんが持ち上げようとツキの後ろから手を伸ばすと、ツキはそれを許さないとばかりに威嚇する。
先程から、ずっとこれを繰り返している。
試しに俺も持ち上げようとしてみたが、ツキの反応は変わらなかった。それどころか、加茂さんを超える勢いで威嚇されてしまったくらいだ。
「…………(じー)」
加茂さんもお手上げなのか、助けを求めるように俺を見つめてきた。
……頼ってくれるのはいいけど、助けてほしいのは俺の方なんだよな。
「加茂さんのお母さん呼んできてくれないか? もしくは別の誰かでもいいから、とにかく応援が欲しい」
「…………(はっ)」
結局、別の誰かに助けを求めるぐらいの手しか思いつかなかった。
俺が頼むと、加茂さんは"その手があったか"といった顔で加茂さん母を呼びに駆けていく。相変わらず動きが速い。
そして、加茂さんが居なくなり、ツキと二人きり?になる。
「最悪、このまま歩くか……」
足に乗っかっていようが、たかが猫一匹。持ち上がらない重さじゃない。
このまま歩き回ったとして、ツキが足から転げ落ちてしまう可能性があるのは少し怖いが。だから一応、これは最後の手段にする。
「…………(たったったっ)」
芝生を駆ける足音が近づいてきて顔を上げる。
分かってはいたが加茂さんだ。
しかし、彼女以外は誰も居ない。そして、先程までは待っていなかったボードを抱えている。
それ持ってたら片付けできなくないか? なんて疑問が頭に浮かぶ中、彼女はそのボードをこちらに向けてきた。
『赤宮君 働きすぎ
皆にゆっくりしてて
って言われた』
「は?」
何だそれ。というか、働きすぎと言われても困る。
俺、別に片付けを苦だと思ってないし。むしろ、ここで意味もなく突っ立っているくらいなら手伝っていたい。要らない優しさすぎる。
『私もここにいていい?』
天を仰ぎたい気持ちに駆られていると、加茂さんが訊ねてきた。
「俺に構わなくていいから、先に皆の手伝い行ってくれ」
『やることない
休んでていいって
言われてヒマ』
「……そっか。まあ、いいけど」
俺のことを気遣ってくれているのかと思えば、そうではなかったらしい。
「…………(にこー)」
「うん?」
「…………(えっと、その)」
加茂さんは分かりやすい作り笑いを浮かべた後、視線を滅茶苦茶に泳がせ始める。
……ああ、そういうことか。理解が遅れた。
「無理に会話捻り出そうとしなくても」
「…………(ぎくっ)」
どうやら当たったらしい。加茂さんは分かりやすく狼狽えた。
多分、俺が黙ってたからだ。無言の空気に耐えきれなかったのだと思う。
「お月見、楽しかったな」
だから、今日の感想を言ってみた。彼女の気持ちが分かった上で喋らないのも悪い気がしたから。
それと、今日のお月見パーティーでは彼女とあまり会話ができなかったから、何か話したかったというのもある。
すると、加茂さんはボードの文字を書き直してこちらに向けてくる。
『楽しかった
\(≧▽≦)/』
「…………(にこっ)」
「っ……」
ボードと共に向けてきたのは柔らかい笑みだった。
彼女らしい、あどけなさを感じる無垢な微笑み。俺の好きな表情。可愛い。頭を撫でたい。抱きしめたい。
……煩悩多すぎるだろ。
俺はそれを振り払うべく、彼女を視界から外すために空を見上げた。
夜空を明るく照らす満月が目に映る。
「月が、綺麗だな」
――彼女への想いが、溢れた。
理由は自分でも分からない。自然と、溢れてしまったのだ。
でも、焦りや不安はなかった。
きっと、加茂さんはこの言葉のもう一つの意味を知らない。たとえ知っていたとしても、こんな遠回しな言い方じゃ俺の想いは伝わらない。それが分かっていたから。
「…………(ちょんちょん)」
暫く経って、加茂さんに腕を突かれる。
俺が彼女に目を向ければ、彼女は俺にボードを向けてきていた。
『私も』
「……?」
そこに書かれていた言葉に、俺は首を傾げてしまう。
"月が綺麗だ"と言って、返ってきた言葉。
その意味は"私も月が綺麗だと思った"ということだろう。それは分かる。
……分かっているのに、不思議とその意味がしっくりこないのだ。
自分もそう思ったのなら、"そうだね"とか"綺麗だね"とかの方が自然な返答になる筈。だけど、彼女は"私も"と返答してきた。そんな些細な違和感。
ボードから彼女の顔へと視線を移す。
「…………(えへへ)」
目が合うと、彼女ははにかむような笑みを浮かべる。
それから、ボードの文字を書き直してこちらに向けてくる。
『月がきれいですね』
ボードに書かれていたのは、俺が口に出した言葉と同じもの。
「加茂さん」
――ようやく、俺は彼女の言葉を本当の意味で理解した。
だから、踏み出した。
「好きだ」
……三文字じゃ足りない。
もっと、ちゃんと伝えないと。はっきりとした言葉じゃないと、彼女には伝わらない。
「俺も、加茂さんが好きだ」
言葉を足して、もう一度想いをぶつける。
親友としての好意と誤解されないために。
そして、俺は彼女の返答を待った。
「…………」
「…………加茂さん?」
待てども、返答が返ってこない。
それどころか、彼女は微動だにしない。呆然とした表情で俺を見つめている。
「……加茂さんのことが、好きです」
言い直してみる。もしかしたら、聞こえてなかったのかもしれないから。
この距離で、騒音もないこの状況で、あり得ないとは思うけれど。万が一……もないとは思うけれど。
……いや、もしかして俺の勘違いだったのか?
"俺も"とか言ったから、何だこいつって思ってるのか? そういうことなのか?
段々不安になって、ここで踏み出したことを後悔しかけていると、加茂さんの手からボードとペンが落ちる。
何故――思考停止に陥った瞬間、加茂さんは俺の胸に飛び込んできた。
「うおっ、とっ……」
体勢を崩しかけながらも彼女を受け止めると、彼女は俺の背中に手を回す。
見下ろせば、俺を見上げる彼女の顔が目の前にあった。熱を帯び、照れたような笑みを浮かべる彼女の顔が。
数秒して、彼女は俺の胸に顔を埋める。俺の背に触れている彼女の手からは、微かな震えを感じる。
声はない。文字もない。
表情も、見えなくなった。
でも、これが彼女なりの返事だということは分かるから。俺はその返事に答えるように、彼女の背中と頭に手を回して抱き締めた。
すると、彼女の手の震えは止まり、俺を留める力が強くなる。
彼女の想いが伝わってくる。
温もりが、安心させてくれる。
「絶対、幸せにするから」
俺は腕の中にいる彼女に、精一杯の愛を誓った。
第三章親友編、閉幕。
【第三章後書き】
ここに至るまで、二人を温かい目で見守ってくれてありがとうございます。
今後の予定ですが、人物紹介を挟んで最終章に入っていきます。
最終章では『加茂さんは喋らない』というタイトルに触れたお話もありながら、"親友"という関係を超えた二人だからこその今章以上に甘いお話も提供できればいいなと思っています。
ちょっと長めのラストスパートになりますが、最後までお付き合いしてくださると嬉しいです!