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加茂さん母とツキ

 加茂さん宅の広い庭。リビングと繋がる屋外テラスには机や椅子が並んでおり、そこで加茂さん達が楽しげに談笑しているのが見える。

 ――俺は現在、キッチンで加茂さん母の団子作りの手伝いをしていた。


「賑やかねー」

「……これ、お月見というよりパーティーになっちゃってません?」


 手は止めないまま、先程から疑問に思っていたこと加茂さん母に訊ねる。


 まだ月見団子の準備はできていないものの、お月見は既に始まっていた。

 しかし、机の上に並んでいるのはお菓子や惣菜、チキンといったものまで。おやつと夕食どころか、お月見以外のイベントが混ざっている気さえする。


 お月見って、俺の認識が間違っていなければ、夜空に浮かぶ満月を眺めながら団子を食べる的なイベントだったような。

 辛うじてお月見要素のススキが生けられた花瓶も置かれているが、絵面が余計にカオスになっていた。


「ふふっ、言われてみればそうね」


 加茂さん母は今更気づいたのか、おかしそうに笑う。


「まあ、楽しければいいじゃない」

「毎年こんな感じなんです?」

「こんなに賑やかなのは今年が初めて。九杉がいつも呼んでたのは鈴香ちゃんだけだったから」

「……そうだったんですか」


 だとすると、今年は心変わりする出来事でもあったのだろうか。


 もしもその心変わりに、俺も少しでも関われていたとするなら……嬉しく思う。

 これは、きっと良い変化だから。この良い変化に、俺も貢献できたということだから。


「赤宮君、ありがとう」

「え?」

「九杉と仲良くしてくれて」


 加茂さん母に急にお礼を言われて驚いたが、それに対する言葉は自然と出てきた。


「俺の方こそ、ありがとうございます」

「……私?」

「九杉さんを育ててくれて、ありがとうございます」

「親なんだから当たり前だと思うけど」

「そ、それはそうですけどっ。そういうことじゃなくてっ」


 俺は加茂さんだけでなく、加茂さん母にも感謝したかった。でも、その理由を上手く言語化できない。

 えっと、加茂さん母が加茂さんを育ててくれたから、俺も出会うことができた……? ……ニュアンスとしてはそんな理由だけど、どう言えば上手く伝わるだろう。


「ふふっ」

「……どうしました?」

「九杉を育ててくれてありがとうって、まるで結婚前の挨拶に来たみたいねぇ」

「…………」


 自分が言った言葉を思い返して、顔が熱くなる。

 確かに。何で、よりにもよって今、俺はこんなこと言ったんだ。

 加茂さん本人がこの場に居なくて良かった。居たら、また加茂さんと会話ができなくなるところだった。恥ずかしすぎて。


 ……一旦、落ち着こう。深呼吸、深呼吸。


「赤宮君」

「ふぅー…………何でしょう」

「残りは私が作るから、そろそろ赤宮君も皆のところいってらっしゃい」

「最後まで手伝いますよ?」


 気持ちは嬉しいが、この手伝いは元々俺から申し出たもの。手作りの団子は初めての経験だったから、手伝わせてもらっている立場なのである。

 残りの生地を確認すると、一人で作っても10分はかからなさそうな量だった。これなら尚更、二人でやって半分の時間で終わらせた方がいい気がする。


「みゃー」


 ――そう思っていた矢先、足に温もりを感じた。


「……何でこっち来た?」


 足元に目を向けながら、思わず突っ込む。

 温もりの正体は、背中に特徴的な白いハート模様がある例の黒猫だった。


 現在、加茂さんの家で飼われているこの猫は"ツキ"と名付けられている。

 あの日に見た月から付けたと加茂さんに聞いた。そのままだが、良い名前なんじゃないかと思う。


「ツキに好かれてるのね」

「やっぱりそうなんですかね」


 今日、加茂さんの家に来た時、ツキは俺が玄関に入った瞬間飛びついてきたり。抱っこした時、ごろごろ喉を鳴らしていたり。

 こうも分かりやすく好意を示されると否定する気も起きない。


「ほら、赤宮君は手伝いもういいから。ついでにツキも連れて行ってあげて」

「……分かりました」

「手伝ってくれてありがとうね」

「いえ、俺の方こそ手伝わせてもらってありがとうございます」


 俺は手を洗った後、ツキの体を持ち上げてキッチンから出た。


 そして、ツキを持ったまま立ち止まって考える。

 連れて行ってとは言ってたけれど、こいつも庭に出してしまっていいのだろうか。


「ツキは庭に出しちゃって」


 迷っていると、加茂さん母が言ってきた。


「外に出して逃げたりしません?」

「大丈夫。昨日も一昨日もちゃんと帰ってきたから」


 いや逃げてるのかよ。大丈夫って言えるのかそれ。

 ……あれ。そういえば、猫って犬と違って勝手に外に散歩しに行くんだっけ。なら、いいのか?


「みゃぁぁぁぁ……」

「あ、ごめんな」


 両手で体を鷲掴んで持ち上げていたから、恐らく苦しかったのだろう。

 抗議するような鳴き声が聞こえて、俺はすぐに抱っこの形に持ち替えた。


 そうして、俺はツキを腕に抱いたまま皆が居るテラスに向かった――。

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