加茂さんと接触
お月見当日である10月1日、木曜日の放課後。
場所は加茂さん宅。加茂さん母の帰りを待つ間、加茂さんの部屋でレースゲーム『森男カート8』をやっていた。
因みに、そのメンバーというのは部活のない俺と加茂さん。
「赤宮君が抜かせないっ……!」
――そして、修学旅行で同じ班になった西村さんである。
西村さんは写真部に所属しており、今日は休みらしい。
当初のお月見メンバーは俺と加茂さん、秀人と神薙さんの四人だったが、色々あって山田と桜井さんも参加することになっていた。
その後、話を偶々耳に挟んだらしい西村さんが「行きたい!」と参加を希望してきたのだとか。今朝、加茂さんから聞いた話だ。
「あ、青こうらだ!」
西村さんの歓喜の声が聞こえた数秒後、恐らくCPUが投げてきたであろうアイテムの接近警告が画面に表示される。
「そういえば、最近の森男カートって青こうら壊せるようになったよな」
「うえええええ!?」
俺は丁度良く拾っていたアイテムを使い、後ろから接近してきたそれを相殺する。
「青こうらって一位必殺アイテムじゃなかった!?」
「毎回新しいタイトルになる度にアイテム増えてるし。使えないアイテムもたまにあるけど」
「あ、またコイン! 要らないよこれ!」
そう、その使えないアイテムの筆頭がコインだ。
普通にコース内にも落ちてるのに、アイテムボックスからもコインが出るという謎仕様。まあ、恐らく下位が逆転しやすいようにするためなのだろうけど、上位争いをしている時に出てきた時は結構辛い。
「おしっ、勝った」
「ま、負けたっ……」
俺は片手でガッツポーズをし、西村さんは床に手を着いて悔しがる。
CPUを混じえての順位は俺が一位、西村さんが二位という結果に終わった。
「ん?」
ゴールして一息吐いていると、隣に座る加茂さんが俺の肩に寄りかかってきた。
急にどうしたんだろうと目を向ければ、彼女は真面目な表情でリモコンを動かし続けている。画面を見れば加茂さんはまだゴールしておらず、もう少しかかりそうだった。
「あはは、加茂ちゃん体傾いてるよ」
「…………(はっ)」
西村さんに指摘されると、加茂さんは傾いていた体を正すように背筋を張る。
しかし、その数秒後、今度は逆方向に傾き始めてしまっていた。多分、癖なのだろう。
……レースゲームでリモコンと一緒に体が傾く人って本当に居るんだな。たまにそういう人が居るのは聞くが、実際に目にしたのは初めてだ。
本人に言ったら拗ねそうなので口には出せないが、ゆらゆらと体を傾けながら操作している姿は非常に微笑ましい。本人は至って真剣なのが余計に。
「…………(ぐらっ)」
加茂さんは再び俺の方に体を傾けてきた。俺の肩と彼女の頭がぶつかり、彼女の髪が俺の頰に触れる。甘い香りが鼻孔をくすぐる。
……不思議と落ち着く。そんな香りだった。
「…………(びくっ)」
「っと」
加茂さんは体を震わせる。
その反応から驚きが伝わってきて、俺は彼女の頭から顔を離した。そして、彼女も俺から離れた。
……うん?
ちょっと待て。今、俺は何をした。何をしてた。
頰に残る加茂さんの髪に触れた感覚。ほんの少し、髪の毛数本が触れた程度の感覚ではない。嫌にはっきりした感覚だった。
それどころか、割としっかり加茂さんの頭に当たった感覚も残っている。
……加茂さんの頭に、顔くっ付けてた?
隣に目を向けると、彼女と目が合う。
彼女はよっぽど驚いたらしく、口が開いたままだ。頰も、仄かに赤みを帯びている。
――やらかした。
「……ごめん」
俺は何をしてるんだろう。
加茂さんはわざとこちらに倒れてきた訳でもない。対して俺は、無意識だったとはいえ、近づいた彼女の頭に更に顔を近づけた。
『びっくりした
けど大丈夫』
加茂さんはそんな俺に"気にしてない"という旨が書いたボードを向けてくる。
「本当、ごめん」
俺には、平謝りするぐらいしかできなかった。
言い訳も見つからず、流石に今のを無意識だったと言っても信じてもらえる気がしなくて。
頭を撫でるとか、偶然密着してしまったとか、今まであったそれらとは訳が違う。
頭と顔。偶然起きた事故ですらなく、俺から近づいてしまった。これがもしも顔と顔だったら……これ以上気まずくなってるのは確定だったと思う。
引かれたかもしれない――そんな不安が脳裏を過った時だった。
「…………(とうっ)」
「ぐえっ」
急に、加茂さんが俺の腹に頭から突っ込んできた。
身構えていなかった俺は彼女の頭突きの勢いを受け止めきることができず、呻き声をあげながら後ろに倒れる。
「いって……いきなり何すんだっ」
「…………(ぎゅー)」
「……加茂さん?」
頭突きしてきた加茂さんは、今度は俺の腹に顔を埋めてくる。
それから、彼女はすぐに顔を上げた。
そして、俺の体の上から降りてボードをこちらに向けてきた。
『ごめんなさい』
「……まあ、いいけど。どうした?」
怒ってはいない。どちらかというと困惑している。
自分から頭突きして、顔、擦り付けてきて、すかさず謝ってきて。彼女の行動の意味が分からなかったから。
すると、彼女はボードの文字を書き直し、再び俺に向けた。
『私も同じ』
「……あー、うん」
どうやら、加茂さんなりの気遣いだったらしい。それだけを伝えるために俺にくっ付いてきたみたいだ。
「なんか、気遣わせてご――」
「…………(ぶんっ)」
「――めんっ!?」
まさか二度目の頭突きが来ると思わず、声が裏返る。
まだ起き上がっていなかったこともあり、腹に先程より強い鈍痛が襲う。割と痛い。加茂さん、何で追撃してきた。
「…………(ぎゅー)」
頭が混乱に埋め尽くされる中、彼女は再び俺の腹部に顔を埋めてくる。
……もしかして、まだ足りないと思っているのだろうか。
「もう分かったから、退いてくれ」
「…………(ぎゅー)」
加茂さんが気にしてないのは十二分に伝わった。そう伝えても、加茂さんは俺から離れようとしない。
軽く頭を押してみても、ビクともしない。まるでサナギである。
「…………(びしっ)」
加茂さんは、顔を埋めたまま片手でボードを指差した。
俺はそのボードを掴み、自分の顔の前に持ってきて読んでみる。
『嫌じゃない
もっと
分からせる』
読んでから、加茂さんに視線を戻す。
彼女は俺の腹に顔を埋めたまま動かない。
多分、これ以上何を言っても無駄だろう。
俺は起き上がることを諦めて、加茂さんの気が済むまでこのままでいることにした。
「…………(ぎゅー)」
……撫でやすい位置にあるなとは思ったが、自重した。なんとなく。
その頃の西村さん「私は壁、私は壁、私は尊い男女を見守るだけのただの壁……」





