変わらない意思と少しの自信
加茂さんに好きな人がいることが判明した。
勿論、諦めるつもりは更々ない。が、割と精神的にダメージを受けたのもまた事実。
俺はこれからどうするべきなのか。どう行動するべきなのか。頭を悩ませ続けた故に、あまり眠れない夜を過ごして翌朝を迎えた。
「おはよう」
『おはよう
(๑╹▽╹๑ )』
そして、加茂さんは特に変わった様子もなく、いつも通りの挨拶を返してくれたのだった。
――どうにも身が入らないまま午前の授業が終わり、昼休み。
一人で考えても一向に答えが出せなかった俺は、思い切って秀人と山田に意見を聞いてみることにした。
「自分の好きな人が、別に好きな人がいるって言ってたらどうする?」
「……それ誰の話?」
「光太と加茂さんの話じゃないよな?」
「…………」
「「マジかよ」」
マジかよはこっちの台詞である。何で分かるんだよ。
「お前らが怖い」
「光太が分かりやす過ぎるだけだろ」
「赤宮からそういう系の話題になったこと、一度もないしな」
……確かにそうだな。
でも、それなら尚更、どうして相手が加茂さんだと分かったのだろう。不思議に思って訊ねれば、二人は即答した。
「逆に加茂さん以外の候補が思いつかねえ」
「殆ど毎日教室から一緒に帰ってる時点で普通じゃないんだよなぁ……」
そうか? 別に一緒に帰るぐらいそこまで特殊でもない気がするような。
「断言する。特殊だから」
「心読むな」
「……ん?」
ナチュラルに心を読んできた山田に突っ込みを入れていると、秀人が疑問の声を漏らす。
「光太、最初なんて言った?」
「最初? ……ああ。だから、好きな人に"別に好きな人がいる"って言われた」
「それ言われたってことは、光太、告ったのか?」
「いや、まだだけど」
「「うん?」」
疑問の声が二つに増えた。
そして、今度は山田に質問される。
「赤宮、どんな感じでその話聞いた?」
「……加茂さんに、今好きな人がいるのか直接聞いてみた」
「その時点で色々突っ込みてぇ……で?」
「頷かれた」
「ああ……」
山田は何かを悟ったような反応を示す。
俺はその反応の意味も分からず秀人に目を向けると、秀人もまた同じような反応をしていた。
「何だよその反応」
「いや、だってなあ……?」
「うん……」
二人は何故か言いにくそうに俺から視線を逸らすと、お互いに目を合わせる。
それから、無言が続いた。二人はジェスチャーやら表情やらで何かを伝え合っているっぽいが、俺は完全に話に置いてかれていた。
「……光太、加茂さんは"誰が好きなのか"は言ってないんだよな?」
暫く経ってから、秀人が俺に確認を取ってくる。
「そこまでは聞いてない」
「ってことは、それが光太の可能性もあるってことだからな?」
ふむふむ。
「ないだろ」
「歯ぁ食いしばれ」
「何で?」
握り拳を作る秀人に突っ込む。
……あれ、おかしい。こういう時はいつも、山田も一緒に秀人のことを止める流れなのに。
不思議に思って山田を見れば、生温かい眼差しを俺に向けてきていた。何だその目は。
「いくぞー。さーん、にー、いーち」
「ちょっと待てっ、秀人の言葉そのまま受け取ったら俺が自惚れ野郎になるだろっ」
「光太にはそれぐらいが丁度いい」
そう言った秀人の、俺を見る目は据わっていた。去年のカツアゲ事件以来の本気な目だった。
俺はガードの体勢を取っていると、俺達のやり取りを見ていた山田が言う。
「赤宮もそうだったら嬉しいんじゃねえの?」
仮に、本当にそうなら。俺の自惚れではなく、あれが加茂さんなりのアピールだったのなら。
「そりゃあ、まあ」
嬉しくない訳がない。
「だけど……」
「そもそも、光太の言った通りに好きな人が別にいたら何だって話だ」
「え?」
「素直に諦めんのかよ」
"諦める"という言葉が、俺の頭の中で反芻する。
「それはない」
そして、変わらない意思が口から溢れた。
「答え出てんじゃねえか」
俺の宣言に、秀人は呆れるように笑って言った。
……いや、うん。そうなんだけど、違うんだよ。
「俺が相談したかったのはこれからどう行動すればいいかって話で」
「告れ」
「簡単に言うな」
「簡単だろ……?」
それができたら相談なんて最初からしてない。
……なんて言ったところで、秀人は理解できないだろう。俺と加茂さんも居たあの場で告白した鋼の精神の持ち主だし、現に今も首を傾げている。
「俺は赤宮の気持ちも分からなくないけどな」
すると、先程から秀人寄りの意見だった山田が、俺の思いを肯定してくれた。
「山田お前どっちの味方だよ」
「石村寄りだけどさ。誰もがお前みたいに"好きだから告る"って行動できたら苦労してねえって」
山田は秀人にそう諭した後、俺に訊ねてきた。
「赤宮にも告白する意思はあるんだろ?」
「流石にな」
向こうから告白されるのを待つ程、受け身になるつもりはない。普通に男として、情けなさすぎる。
「じゃあ、アピールから始めてみれば?」
「アピール?」
「それとなく好きだって気持ち伝えてみるとか」
それとなく……伝える?
「告白と同じな気がする」
「言葉で直接好きだって伝える訳じゃなくて、相手に伝わるか伝わらないかのレベルで好意示すとかすればいいんだよ。相手に意識させるってやつ」
「……女々しくないか?」
「そりゃあ、普通こういうのって女子がやるもんだと思うし。それに安心しろ。お前、手遅れなレベルで結構女々しい」
「だな」
山田のぶっちゃけ発言に、秀人が深い頷きを見せる。おかしい、安心要素が見つからない。
結局、俺はどうすればいいのか分からず頭を悩ませていると、二人は言ってきた。
「あんまり難しく考えんなよ」
「無理矢理迫ったりとかしなけりゃ、加茂さんが光太を嫌ったりしねえだろ。つーか想像できねえ」
「……分かってる」
加茂さんは俺を親友として大切に思ってくれている。信頼してくれている。それは今まで、彼女が散々教えてくれたから。
これは俺の自惚れなんかじゃない。断言できる。
……そうだな。今なら断言できるんだ。
そう考えると、ほんの少し心が軽くなった気がした。
「なあ」
「ん」
「どした」
「頑張ってみる」
俺なりの決意を二人に伝えると、秀人は真顔で、山田は笑みを浮かべて言った。
「当たり前だろ」
「応援しかできねえけど、頑張れ」
「ああ」
二人のおかげで、少しだけ自信が持てた。
――その言葉は心の中に留めておいた。
口に出すのは、気恥ずかしかったから。





