加茂さんとの下校
「――加茂先輩にはもう伝えましたけど、私、お月見には行きませんから。私の知らない先輩も居るみたいですし」
昼食を取りながら、朝の別れ際に日向が言った言葉を思い出す。
私の知らない先輩というのは秀人のことだろう。日向はまだ男が苦手らしいし、秀人とも直接の面識も殆どないから仕方ない。
休み時間中、加茂さんが残念そうに日向の話を俺にしてきた時は、どうにか日向もお月見に呼ぼうかとも思った。でも、やめた。
多分、日向がお月見に来ない理由はそれだけじゃないだろうから。
「光太ー、聞いてんのかよー」
「ん」
ぼんやり思考していると、秀人が俺に話しかけてきていたことに遅れて気づく。
「悪い、聞いてなかった。何?」
「木曜放課後の部活サボっても怒られないような言い訳が欲しい」
「…………」
木曜はお月見の日だ。
俺は聞かなかったことにして再びぼんやりし始めると、秀人は俺の弁当箱を奪ってきた。
「返せ」
「一案で一品返してやる」
「何個言わせる気だよ……」
そんなに案思いつかねえよ。そこまでサボりたいのか。
「大体、俺じゃなくて山田に聞けばいいだろ。同じ部活なんだから。俺を巻き込むな」
「山田にはもう聞いた」
「石村がサボろうが気にしないけど、俺は協力する気ないからな。桜井怒らせるの嫌だし」
秀人の言葉に続いて、山田は真顔で言い切る。
そういえば、前も秀人が合宿サボりたいって言って、桜井さんに怒られてたっけ。山田が協力しない理由も頷ける。
「なら、素直に諦めろ」
「この弁当がどうなってもいいんだな?」
「弁当に手出したら呪う」
「怖い怖い」
「半分冗談だ」
「半分本気なのが余計怖えよっ」
その後、秀人は素直に奪った弁当を俺に返してきた。そんな俺達のやり取りを横で見ていた山田は半笑いだった。
昼食を再開しつつ、本題に戻る。
「大人しく部活終わってから来ればいいだろ。山田、サッカー部って終わるの7時だよな?」
「日によって長引いたりはするけど、基本はそうだな」
お月見は8時頃からの予定だと聞いている。だから、部活終了時刻の時間が多少押しても、十分スタートに間に合う。
むしろ、準備を手伝う必要がないと考えれば楽ができてラッキーでは? そう思ったが、秀人は顔をしかめて言った。
「嫌だ」
「何で」
「だってお月見の時間までずっと準備してる訳じゃないだろー。皆で遊ぶんだろー。光太、お前女子に挟まれて一緒にきゃっきゃうふふするんだろー」
「しねえよ」
オセロか。
* * * *
『今日の授業
すごく疲れた』
「今日、やけに板書多かったもんな」
『だよね!?』
授業が終わり、いつものように加茂さんと二人で下校する。
「…………」
「…………(きょとん)」
彼女の隣を歩きながら、不思議だなと思った。
二人きりのこの状況でも、心が落ち着きを保てているから。加茂さんのことが好きだと、はっきり自覚した筈なのに。
……じゃあ、この"好き"は俺の勘違いなのか。そう問われれば、違うと言える。
俺は加茂さんのことが好きだ。友達として以上に、一人の異性として。それは嘘じゃない。
『なんでそんな
見つめてくるの』
「え?」
気づけば、加茂さんはボードを俺に向けながら、それで自分の口元を隠していた。
「あ、ごめん」
彼女のことを考えていたせいか、無意識にガン見してしまっていたらしい。俺は彼女から視線を外して前を向く。
しかし、程なくして、彼女は俺の前に回り込んでボードを掲げた。
『嫌とは
言ってない』
……いや、うん。嫌じゃないのはなんとなく分かるし、その言葉も嬉しくはあるけどさ。
「ガン見するのもおかしいだろ」
「…………(はっ)、…………(すーっ)」
加茂さんは口を開けて固まった後、ゆっくりとボードをスライドさせて自分の顔を隠す。
そんな彼女の反応が可愛らしくて、安心して、頰が緩んだ。
「…………(ちらっ)」
加茂さんはボードを少し下げて、目元だけ俺に見せてくる。こちらの様子を窺うように。
「ちょっと考え事しててな。ぼーっとしてた」
「…………(こてん)」
先程の質問に答えれば、加茂さんは首を傾げる。
それから、すぐに文字を書いてこちらに向けてきた。
『悩みなら
相談のるよ』
「悩みっていう程のことじゃないんだけど」
というか、彼女の反応を見て改めて好きだなぁと思ったりして、既に悩みですらなくなっていたりする。むしろ、変に心配かけたことが申し訳ない。
『何でも言って』
加茂さんはボードの文字を書き直し、こちらに向けていた。
気持ちは嬉しいが、素直に相談出るような内容だったらここまで返答に困っていない。
しかし、ここで何も言わなかったら"頼られなかった"と拗ねてしまう彼女の姿も想像が付いてしまう。
「じゃあ、一つだけ」
だから、一つだけ訊ねてみることにした。
「加茂さんって、好きな人とかいる?」
もはや相談ではないが。
加茂さんに男の噂なんて聞いたことはない。それでも、確認したかった。
もしもいたら……その時はその時だ。当たって砕けろ精神、日向リスペクトでぶつかってみるしかない。
ぶつからずに身を引くようなことはしないと決めている。
日向のために。それ以上に、自分のためにも。もう、自分の気持ちから逃げないと決めたから。
「…………(こくり)」
「……………………そっか」
いや、うん。逃げないと決めてはいたが、実際に聞くとダメージが凄い。
というか、好きな人いたんだ。誰なんだろう。気になる。聞いてしまいたい。でも、これ以上俺が踏み込んでもいい話なのか? ウザいと思われないか?
『赤宮君はいるの?』
次の言葉に迷う俺に、加茂さんはボードを向けて見つめてきていた。
……そういえば、聞き返される可能性考えてなかったな。
「いない」
――結局、今の俺にはそう答えることしかできなかった。





