日向と密談
「おはよう」
『おはよう!
\( ╹▽╹ )/』
9月28日、月曜日。学校に来て、加茂さんと朝の挨拶を交わす。
「赤宮先輩、おはようございます」
――俺の席に日向が座っていることを除けば、いつも通りの朝だった。
「そこ俺の席なんだけど」
「知ってますよ、先輩のこと待ってたんですから。早速ですけど、これ」
そう言って手渡されたのは、俺が貸したサマーセーターだった。
「その、ありがとうございました」
「ああ。わざわざ届けに来てくれてありがとな」
「いえ……あと、もう一つ用事があって来たんですけど」
「ん?」
「ということで加茂先輩、お借りします」
「うおぅっ」
「…………(ふりふり)」
日向に腕を掴まれ、俺は自分の席に鞄も置けないまま引っ張られる。
微笑みながら手を振る加茂さんに軽く手を振り返しながら、俺は大人しく廊下に連行される。
そうして、別の棟に繋がる人通りの少ない廊下まで来て、日向はようやく足を止めた。
「何かあったのか?」
足を止めた彼女に、俺は訊ねた。
いつも人目を気にしていた日向が、こんなに堂々と俺の元へ来るのは珍しかったから。
「急にすみません。どうしても早く聞いておきたいことがあって」
「聞いておきたいこと?」
俺が小首を傾げれば、彼女は振り返って良い笑顔で言った。
「あの後、加茂先輩に告白しなかったんですか?」
「…………」
「赤宮先輩?」
俺はそっと日向から目を逸らしたが、日向はそれを許さないとばかりに、俺の視線の先に回り込んでくる。
"あの後"というのは、土曜日に日向と公園前で別れた後のことだろう。
「告白、しなかったんですか?」
「……してない」
再度問いかけられ、俺は相槌のように一言で返すと、日向は呆れるように深いため息を吐いた。
「土曜日のあの"行ってくる"は明らかに告りに行く流れだったじゃないですか」
「そんな流れは知らん」
「もう。びっくりしたんですよ? 昨日、加茂先輩からライナーでお月見のお誘い来てて」
「月見? ……ああ、そういえば」
先週、加茂さんと皆でお月見をしようという話をしていたことを思い出す。
「因みに、私はそのライナーを見て"私が赤宮先輩のこと好きだったの知ってるよね? なのに誘う? どんな気持ちで行けと? この先輩、頭のネジ全損してるの?"って思いました」
「散々な物言いだな……」
「仕方ないじゃないですか。加茂先輩、私が振られたこと知らないなんて思わなかったんですもん。まあ、話してて察しましたけど」
「え?」
"察しましたけど"――その言葉が引っ掛かった俺は、即行で日向に確認を取った。
「もしかして、言ってない?」
「振られたことは、はい。なので、加茂先輩に告白するついでに私のことは振ったと伝えてあげてくださいね」
「いや自分で言えよ」
「私が言ったら多分拗れますよ……?」
拗れる? 何が? その言葉の意味が分からず、首を捻る。
すると、日向は「ああ、そっか。知らないんだ……」と独り言のように呟くと、呆れの籠もった眼差しをこちらに向けて言った。
「へたれ」
「おいこら」
「へたれ先輩」
「変わってねえよ」
唐突な罵倒である。言われる理由を作ってしまっているのは俺だけども。
「振られたら責任取って私が貰ってあげますから。安心して告って振られてきてください」
「背中押すと見せかけて崖から突き落とそうとすんな」
「私的にはそっちの方が美味しいです」
「正直か」
と、口では突っ込みを入れながらも、俺にはこれが日向なりの背中の押し方くれていることだというのが分かっていた。
……分かっていても、"自覚したからすぐ告白する"なんて選択、俺にはできない。
だから、改めて、日向は凄いと思う。
まだ出会って一週間しか経っていなかった頃、彼女は俺に告白してきた。
その告白がどれ程勇気のいるものだったのか。これまでは想像しかできなかったが、今なら実感できる。
そして、彼女は振られた上で俺の背中を押してくれている。応援してくれている。
あの日も。辛かった筈なのに、笑って送り出してくれた。
「日向」
「覚悟決めました?」
「それはまだだけど」
「じゃあ何ですか」
「……お前、本当に格好良いよなって」
「――――」
日向は少し驚いたように瞬きをした後、笑みを浮かべて言った。
「そんなの、私が一番よく分かってますよ」





