自分本位な願望
無事に加茂さんも反省文を書き終え、俺達は学校を出た。
その後、加茂さんが昨日の猫を返しに行くという話を聞いて、俺もそれに同伴させてもらったのだが――。
「……俺達の頑張りって一体……」
「…………(あはは……)」
俺の呟きに、加茂さんは苦笑する。
「みゃー」
そして、昨日保護した猫は、俺の手元に収まりながら呑気な声で鳴いていた。
何故返した筈の猫がここに居るのか――その理由は、この猫が貼り紙にあった迷い猫とは別人、もとい別猫だったからに他ならない。
そう、俺達が保護した猫は違ったのだ。
具体的にどこが違ったのかといえば、足先の毛の色。飼い主さんにもう一度写真を見せてもらったが、その猫の足先は白かった。対して、俺達が保護した猫の足先は体と同じ黒色。
……更に言えば、迷い猫は既に見つかって、飼い主さんの元へと戻ってきていたのである。それこそが、別猫であることの完全なる証明だった。
「で、この猫どうする?」
「…………(きょとん)」
「逃がすのか、飼うのか。先に言っておくけど、俺は飼う気ないから」
「…………(ああ)」
加茂さんは俺の言ってることを理解したのか、口を開いて軽く頷いた。
現在、迷い猫の探し主さんの家を後にした俺達は、とりあえずの精神で加茂さん宅に向かっている。しかし、今後のことは全く決まっていないのである。
『飼ってもいいか
お母さんに聞いてみる』
「もし飼うなら、迷い猫の届け出がないか保健所とかに確認しろよ。首輪も何もないから野良だとは思うけど」
「…………(こくっ)」
加茂さんは頷く。薄々察してはいたが、やっぱり加茂さんはこの猫を飼いたいらしい。
彼女は飽きて捨てるなんてことはしないとは思うし、要らない心配なのは分かっているが……一応言っておくべきか? いや、言ったら流石にウザいか?
少し悩んでいると、猫が俺の腕に顔を擦り付けてきた。
「……呑気かよ」
『かわいい』
あと地味に気になっていたが、ここまで大人しく抱っこされているのは何故なのか。
逃げ出そうと思えば簡単に逃げ出せる状況なのに、一切そんな素振りは見せない。懐いているからといえばそれまでだが、懐きすぎでは? 野良の警戒心どこに消えた。
「…………(ちょんちょん)」
「ん?」
「…………(ばっ)」
加茂さんに突かれてそちらに目を向けると、加茂さんは両手のひらを上に向けて俺を見つめてくる。
彼女が何をしたいのか察した俺は、抱いていた猫を加茂さんの手のひらの上に乗せようとした。
「みゃっ」
「うわっ」
しかし、猫は俺のワイシャツの胸元に爪を引っ掛けてきた。まるで、俺から離れまいと抵抗するように。
「おい爪立てんなっ、離れろっ」
「フシャーッ」
「ちょ、引っ張んなっ」
体から離そうと試みるが、猫は威嚇の声をあげながら俺のシャツを離そうとしない。
これ以上無理矢理引っ張ると、俺のワイシャツに被害が及ぶのは目に見えている。というか、既に若干被害が及んでおり、俺は大惨事になる前に体から引き剥がすのを諦めた。
「家に着いたら渡すから……な?」
「…………(むぅ)」
加茂さんが不満そうに頰を膨らませる。
申し訳ないとは思うが、我慢してもらうしかない。ここで無理矢理体から離して、ワイシャツを裂かれでもしたら嫌だし。
「お前も、着いたらちゃんと離れろよ」
「みゃあ♪」
無駄だと分かりつつも言い聞かせれば、猫からはご機嫌な鳴き声が返ってくる。
うん、分かってないな。加茂さんの家に着いたらどうやって引き剥がすか……。
「――?」
不意に何かが右手を掠めて、俺は隣に目を向ける。
俺の右手を掠めたのは、彼女の左手だった。
そして、俺と彼女の間に存在していた、ギリギリ一人挟まれる程度に空いていた空間がなくなっていることに気づく。
「ど、どうした?」
急に近寄られたことに驚き、頭が追いつかなくなった俺は彼女に訊ねた。
すると、彼女はボードに文字を書いて、俺に向けてくる。
『ずるいなぁ
と思ったので』
「……そっか」
どうやら、猫に懐かれている俺に嫉妬したらしい。安堵半分、落胆半分で息を吐く。
俺じゃなくて、猫に嫉妬してくれたら嬉しかったんだけど。
……なんて、都合の良い話がある訳ないのは分かってる。
隣を歩く彼女には言えない自分本位な願望を、俺は頭の中からそっと追い出した。





