とある彼女のエピローグ
赤宮先輩の背中が見えなくなってから、私は鞄からマスクを取り出す。
それを着けてから、駅に向かって歩き出した。
「……はぁ」
歩きながら、ため息が漏れる。私、何てことしちゃったんだろう。
赤宮先輩が加茂先輩のことを好きになったとしても、私はもっと冷静で居られると思ってた。
元々、分かってたことだったから。そんな雰囲気は薄々感じてたし。
……自分にとって最悪のケースは、最初から想定できていた筈なのに。
現実は、頭が真っ白になって、取り乱して、なり振り構っていられなくなって……自分の体を使うっていう汚い手段にまで手を出して。
「……ふふっ」
酷すぎて、逆に笑えてくる。
すれ違った人に変な目で見られたけれど、どうでもいい。今ほど人からの視線をどうでもいいと思ったこと、ないかもしれない。
駅の近くまで歩いてきて、クレープ屋の看板が目に留まる。
こんな所にクレープ屋なんてあったんだ。もしかして、新しくできたのかな。
私は苺チョコのクレープを一つ買って、店の近くの空いていたベンチに腰掛ける。
さあ、ここのクレープはどうかな。いざ実食。
……うん、普通に美味しい。やっぱり、こういう時こそ甘いものだね。買ってよかった。
……ああ、そうだ。もう振られたんだから、写真も消そう。先輩達のことなんて、忘れてしまおう。もう近づく理由もない。
次の恋でも探してみようかな? 赤宮先輩よりも魅力的な男の人、探してみたらすぐ見つかったりして。
スマホを取り出して、写真フォルダを開く。
そして、先輩達と遊園地で撮った写真にチェックを付けていく。
「これでよし、と」
あとは"削除"を押すだけ。これを押したら、全部消える。
先輩への恋心を抱いていた頃の記録は、全部、消えて無くなる。
「…………っ……」
指が、動かない。
どうして? もう、全部終わったのに。
動いてよ。
――滲む視界が、嫌でも私に理解させた。消せる訳がないって。
この写真は、ただの記録じゃない。思い出なんだ。かけがえのない先輩達との、楽しかった思い出なんだ。
自覚した。私、日向詩音は、赤宮先輩のことが本気で好きだったことを。
先輩への恋心を自覚して、不安に思ったことがある。
好きになったきっかけが、"助けられたから"っていう恋愛ドラマの始まりみたいにベタなものだったから。私の内面も見てくれるっていう、自分でもチョロいなって思えてしまうものだったから。
この"好き"は錯覚なんじゃないかって。
本当はその場の熱に浮かされただけで、いつか冷めてしまう。嘘の恋心なんじゃないかって。
でも、嘘じゃなかった。私は赤宮先輩のことが本気で好きだった。
その事実が嬉しくて、どうしようもなく辛い。
そして、考えてしまう。
もしも私が先輩と同い年だったら。加茂先輩よりも早く出会えていたら。
加茂先輩よりも長い時間を、先輩と過ごせていたとしたら――私は、あなたの隣に立っていられたのだろうか。
滲む視界の先に映るクリームの上に、雫が落ちていくのが分かる。
それが分かった上で、私はまた一口、クレープを口に含んだ。
「……しょっぱ」
やっぱり、美味しくないや。
これは彼女のエピローグ。
今章はもう少し続きます。





