加茂さんの友達
俺達は、教室に戻るために階段を下っていた。
「いつつ……」
「ご、ごめんなさい。本当に、何て謝ればいいか……」
俺が竹刀で打たれた肩をさすっていると、神薙さんは泣きそうな表情で俺を見てくる。
「こんなもん、すぐに治る」
また泣かれては堪らないので、俺は平気だということを神薙さんに伝える。
実際は痛みなど引いていない。クソ痛い。打撲になっているであろうことは見なくても分かる。
しかし、女子の一振りにいつまでも痛がってるのもみっともない。だから、俺は一人の男として強がってみせていた。
そして、気になることもあった俺は、話を逸らす意味も兼ねて神薙さんに訊ねる。
「でもさ、ちょっと過保護すぎやしないか? 加茂さんはそこまで弱くないだろ」
「喋らなくなった理由、聞いてないの?」
「……聞いてない」
神薙さんは驚いたように瞬きする。まさか、加茂さんから無理矢理話を聞いたとでも思っていたのか。
……もしそうなら、初対面で敵意を向けてきた理由も頷ける。勘違いと理解してもらえて良かったが、その勘違いに振り回されて散々な気持ちもあって、少し複雑だ。
しかし、彼女が加茂さんに過保護な理由と加茂さんが喋らない理由は繋がっているというのも、謎ではある。
「それなら、あの子が自分から話すまで待ってあげて」
「そのつもりだ」
「……ありがとう、赤宮君」
そう言って、神薙さんは微笑む。
彼女は行動に難があるが、友達思いの良い人なんだろう。
それが分かっただけでも、こうして一度話せて良かったと思えた。
教室に着くと加茂さんは一人で、本を読んで俺達を待ってくれていた。
「ただいま」
「九杉、待たせてごめんね」
「…………(ふるふる)」
加茂さんは首を横に振って、笑みを浮かべる。
「秀人は女の子一人教室に残していったのね」
「部活ぐらい許してやれよ」
神薙さんは、棘のある言い方で秀人を非難する。
やっぱり、理由は不明だが、秀人には特別当たりが強く感じる。
俺には加茂さんの件があったから棘があったのも分かるが、秀人は違う。二人の間に何があったのか気にはなるが、流石に聞くのは遠慮した。
そして、加茂さんはこちらにボードを見せてくる。
『何の話してたの?』
書かれていたのは、少し答えづらい質問だった。
「えっと、それは」
「雑談だ。加茂さんの友達同士仲良くしようってな」
俺は適当に話をでっち上げて加茂さんに説明する。そして、小声で隣の神薙さんに言った。
「理由くらい考えておけよ」
「……ごめんなさい」
「その反応もやめろ、バレる」
「っ……」
加茂さんは不思議そうに俺達を見ている。
とりあえず、嘘はバレていないだろう。口パクは不審に思われただろうが、それだけなら誤魔化せる。
俺は机の上の荷物を手に取り、二人に言った。
「じゃ、俺は先に帰るよ」
「え?」
「…………(こてん)」
神薙さんと加茂さんは首を傾げている。言っている意味が分からない、とでも言いたげな顔だった。
……気を利かせたつもりだったのだが、ちゃんと話すべきか。
「神薙さんは部活ないらしいし、二人はいつも一緒に帰ってたんだろ?」
「それを言うなら赤宮君も同じじゃないっ。それに、先に誘われたのは赤宮君なんだから……」
「加茂さん的には同性の友達の方が気兼ねなくて楽だと思うんだが……」
俺と神薙さんは、お互いに譲り合う。俺の理由は今言った通りだ。
神薙さんが譲る理由は、先程のことで引け目を感じているのもあるのだろう。気にしなくていいのに。
――そんな俺達の間に、加茂さんが割って入った。
『 三人で帰ろう!
(@╹ω╹)v(@╹ω╹@)v(╹ω╹@)』
ボードを見せられた俺と神薙さんは、顔を見合わせる。そして、プッと吹き出した。
書いた本人はふざけたつもりなんてないと思うが、顔文字が感情豊か過ぎてなんだかおかしかったのである。
「…………(きょとん)」
「ああ、ごめん。よし、帰るか」
「そうね、帰りましょ」
「…………(ぱあっ)」
加茂さんは花が咲いたような笑顔を見せる。神薙さんは頰を緩ませているが、俺も多分同じだろう。頰に力が入らない。
俺は、神薙さんに少し親近感が湧いた。
駅までの道を、俺達は三人で歩く。
いくつか他愛もない話をした後、体育祭の学年種目の話題になった。
「へえ、二人がアンカーなの」
『頑張る!』
「九杉、応援してるわね」
神薙さんは他クラスだから敵チームなのだが、ここでそれを言うのも野暮だろう。友達を応援するのは個人の自由だ。
俺が黙って二人のやり取りを見守っていると、突然、神薙さんはこちらにジト目を向けてきた。
「九杉に変なことするんじゃないわよ」
「しねえよ。いきなり何言ってんだ」
「だ、だって、練習でも転んだりしたら、あんなことやそんなことが――って何言わせるのよ!」
――神薙さんのその言葉で、練習中の例の事故が俺の脳裏をよぎった。
「でも、そうよね。流石に、そんな漫画みたいなことある訳ないわよね……」
「…………」
「…………(しらーっ)」
「え、何でそこで黙るの? ねえ、ちょっと?」
"口は災いの元"という古くから存在する言葉に従って、俺は沈黙する。
加茂さんも答える気はないらしく、ボードに文字を書く素振りすら見せない。
「ちょっと、二人とも!? どうしてそこで黙るのよ――!?」
それから駅に着くまでずっと尋問してきた神薙さんに対し、俺と加茂さんは黙秘権を行使したのだった。