猫を追いかけたその先で
建物の中を歩き続けると、少し開けた場所に出た。
上を見上げれば、剥き出しの錆び付いた鉄骨とトタン屋根。
その屋根はボロボロで、大きな穴がいくつも空いている。その穴からは、すっかり日も沈んで暗くなってしまった空が見える。
「みゃあ」
――猫の鳴き声が、今度ははっきりと、近くから聞こえた。
声のした方に私が振り向くと、壁に空いた小さな横穴が目に入る。
その穴をじっと見つめてみれば、その暗い穴の中で光る黄金色の瞳と目が合った。
やっと見つけた。体は見えないけれど、きっとあの猫だ。
そう思った矢先、その猫は外に出てくることなく奥に歩いて行ってしまう。
私は慌ててその穴に近づいて、その穴を横から覗き込むように腰を曲げる。
ギリギリ、通れるかな。
……悩むより、やってみよう。
私は早速、猫を追うためにうつ伏せになる。そして、お父さんから遊びで教わったことのあるほふく前進で、横穴の中に頭から突っ込んでみた。
うん、いけそう。
今だけは身長低い方で良かったなって思いながら、私は暗い穴の中を真っ直ぐに進んでいった。
横穴を抜けると、そこは小さな部屋に繋がっていた。
その部屋には、物が散らかっている机と、椅子と、辞書のような分厚い本だけが並ぶ棚が二つと、開きっぱなしになっている扉。
あとは、窓。
「っ、けほっ、けほっ」
不意に喉を襲ってきたムズムズに、咳き込んでしまう。
この部屋、少し埃っぽいかも。窓、開けよう。空気入れ換えたい。
私は窓を開けようとして窓の鍵に手をかけると、外の景色が目に入った。
閉め切られた窓から見えたのは、夜に包まれた住宅街とそれを照らす外灯の光。
今更気づいたけど、ここ、二階だったんだ。
階段を上り下りした記憶はある。でも、自分が今何階にいるのかなんて考えてすらいなかった。
……っと、そんなことより、窓開けないと。私は鍵を開けてから、窓を横に引っ張った。
けれど、窓は開かない。鍵は開いてる筈なのに、ビクともしない。
「んっ……」
試しに、両手で思いっきり引っ張ってみる。
それでも、窓が開くことはなかった。
「みゃー、みゃー」
「…………(はっ)」
鳴き声が聞こえて、私はここに来た目的を思い出す。私、猫を追いかけてたんだ。
窓は諦めよう。猫を捕まえて、さっさとここから出ていけばいいだけだし。
そう考えて、私は鳴き声が聞こえた方へ振り返る。
すると、探していた黒猫は棚の上からの私を見下ろしていた。
あ、毛づくろい始めた……可愛い……じゃなくて。
そんな所に居たら危ないよ。棚、見た感じボロボロだし、いつ壊れてもおかしくないように見える。
私は、両手を広げて、言った。
「怖く、ないよ」
怯えさせないように。びっくりさせないように。
小さく声をかけて、私は猫を真っ直ぐに見つめながら、ゆっくり近づく。
すると、猫は私の目をじっと見つめ返して、その場から動かない。
最初の時はすぐに逃げ出しちゃったけれど、今回は私を待ってくれているように見えた。
――そんな私達のやり取りを邪魔するように、突然、床が大きく揺れる。
「わっ、わっ……」
あまりに急な揺れに私は転びそうになったけれど、壁に凭れかかることでなんとか堪えた。
「みゃっ」
「っ!」
ほっと一息吐く暇もなく、急な地震で足を滑らせてしまったのか、猫が棚の上から落ちてくる。
揺れは収まっていない。でも、動かなきゃ。
そう思った私は、その子の落下地点に腕を滑り込ませるように飛び込んで、受け止めることに成功した。
「よかった……」
「みゃあ!」
「…………(びくっ)」
受け止めることが成功して安心したのも束の間、猫が突然、大きい鳴き声をあげる。
猫が見つめる方向を見てみると、今まで猫が乗っていた棚がぐらぐら揺れている。今にもこちらに倒れてきそうな程に。
私はすぐに猫を手から降ろして、棚を支えるために立ち上がろうとした。
――でも、一歩遅かった。
「っ」
私が手を伸ばした瞬間、猫が乗っていた棚の一番上の棚板が、ガコンと大きな音を立てて、外れる。
すると、そこに並べられていた分厚い本達が、私目掛けて降ってきた。更に、追い打ちをかけるように、棚もこちらに向かって倒れてくる。
私は目の前で起きたことに、一瞬だけ、頭が真っ白になって。
でも、体は勝手に動いた。
私は降ってくる本達に背を向けて、後ろに居た猫に覆い被さる。
そして、目をギュッと瞑る。
怖かったから。
その後、ゴトン、バサッと、本がいくつかの本が床に落ちる音が耳に入ってきた。
「……?」
けれど、いつまで経っても、痛みどころか衝撃すらやって来ない。確かに、私目掛けて降ってきた筈なのに。
私はそれが不思議で、恐る恐る目を開いて、ゆっくり振り向くと――。
「……ギリギリ、間に合ったな」
――私の大好きな人が、そこに居た。





