加茂さんと猫探し二日目
「この辺りだったよな」
「…………(こくり)」
猫探し二日目の放課後、俺と加茂さんは再び例の十字路に来た。
「それじゃあ、準備してくる」
「…………(ふんすっ)」
「気合い入れてるところ悪いけど、加茂さん特にやることないぞ」
『知ってる でも
気合いは入れる!』
「……さいですか」
こちらにボードを向けた後、加茂さんは再び握り拳を作って謎に気合いを入れ直す。
そんな彼女をよそに、俺は準備を始めた。
まず、鞄から袋を取り出し、その袋から一本、マタタビの枝を出す。
それを電信柱から少し離れた位置の道路脇の、ブロック塀の足元に設置する。
「これでよし、と」
準備といっても、たったこれだけなのだが。
罠を作らずにそのまま置いた理由は、あまりしっかりした罠を作りすぎて、猫に警戒されてしまう可能性を考えたから。
これは加茂さんと話して決めたことでもある。もしもこれで失敗しても、また別の案を考えようという話になっている。
一応、真剣に猫探ししているつもりだが、気持ち的には結構緩かったりする。
俺もだが、加茂さんも成功すればいいなぐらいの気持ちなのだと思う。
「準備終わった」
「…………(ぐっ!)」
準備を終えて電信柱がある加茂さんの元へ戻ると、彼女は親指を立てた手をこちらに突き出してきた。
……気合い、入りすぎなんだよなぁ。
失敗する可能性も十分ある案なのに、彼女の熱量は一体どこから来ているのだろう。不思議だ。
それに、これから俺達がやるのは猫探しであっても、ただ設置したマタタビを見張るだけだ。
なので、その熱量は一体どうする気なのか。訊ねてみた。
「加茂さん、今日やること分かってるよな?」
『猫探し!』
言葉のリターン速いな、という突っ込みはしない。
「そう。だからマタタビ置いた。その後にやることは?」
『見張る!』
「ああ、そうだ。だから加茂さん、もう少しテンション下げろ」
「…………(きょとん)、…………(こてん)」
俺の言葉に対して、彼女は目を瞬かせた後、首を傾げる。
やることを把握しているのなら分かってほしい気持ちはあったが、まあ、加茂さんだし仕方ないか……。
「そんな絶対捕まえてやるって目してたら、猫が逃げるだろ」
「…………(はっ)」
俺がそこまで言うと、加茂さんはようやく気づいたらしい。
「…………(ぺちぺち)」
彼女は、自分の頰を両手で挟むように、軽く叩いた。
「…………」
俺は無言で、自分の口を片手で塞いだ。
あざとい行動のようで、加茂さんがやるとそうも見えなくて。素で、天然でやってるんだろうな、ということが分かってしまって。
……純粋に、可愛いと思ってしまった。というか、口から飛び出しかけた。
「…………(じー)」
自分の頰を叩いてテンションを抑えたらしい加茂さんが、不思議そうに俺を見つめてくる。
きっと、俺の行動が気になったのだろう。
「何でもない。ちょっとくしゃみ出そうになっただけ」
「…………(ああ)」
俺の二秒で考えた嘘に、加茂さんは納得するようにぽんっと手を叩く。単純で助かった。
「じゃあ、見張るか」
「…………(びしっ)」
俺が言うと、加茂さんは"了解"という意味だろう。敬礼のポーズを取った。
加茂さんの気合いを再確認した後、俺は電柱の裏に体を軽く隠してマタタビの方に目を向ける。
こうして、二日目……昨日を準備日とすれば実質初日の猫探しが始まった――。
「…………(ぴとっ)」
「何でくっつく」
――始まったのだが、俺の背中に密着してくる加茂さんに思わず突っ込んでしまう。
顔だけ動かして少し後ろに目を向けてみる。
加茂さんは俺が電柱に体を隠すように、俺の体を遮蔽物にして、顔だけ出してマタタビを見つめている。
その顔は猫探しとは思えないぐらい真剣な表情に見える。
……けれど。
「あのさ」
そんな彼女の顔は、ほんのり赤みを帯びていて。
それが真剣な表情などではなく、ただ表情が硬くなっているだけだということが分かってしまう。
「無理してないか?」
「…………(ぎくっ)」
問いかければ、加茂さんは体をビクつかせて俺の背中から離れる。図星らしい。
……図星ということが確定して複雑な気持ちになるが、それは一旦忘れるとして。
どうして加茂さんは俺にくっついてきたのか。その理由がますます分からなくなった。
だから、別の聞き方に変えてみることにした。
「何かあったか?」
俺の体の陰に隠れるだけなら、別に密着する必要はない。横から顔だけ覗かせるなりすればいいだけである。
それなのに、わざわざ彼女がこんな行動を取ったのは何か訳があるのだと。俺はそう考えた。
「…………(えーっと)」
しかし、加茂さんから返ってきたのは困ったような笑み。
俺が彼女の反応の意味に首を傾げると、加茂さんはボードに文字を書いてこちらに向けてくる。
『最近 赤宮君と私
距離あいちゃった気がして』
加茂さんの"最近"が数日前までの俺達の関係のことを指しているのは、すぐに分かった。
……つまり、何だ。
「今まで距離が空いた分を、物理的な距離で埋めようとしたと」
「…………(えへへ)」
俺の確認に対して、加茂さんは気恥ずかしそうに照れ笑いを浮かべる。
「アホか」
「…………(いたっ)」
そんな彼女のおでこに向けて、俺は弱めのデコピンをした。
「…………(ぱちくり)」
加茂さんは、自分がどうしてデコピンされたのか分かっていないのだろう。おでこを片手で押さえながら、目を白黒させている。
そんな彼女に、俺は言った。
「ぶっちゃけると、ちょっと前までの加茂さんとは俺も距離感じてた」
「…………(だよねー)」
俺の本音に、加茂さんは苦笑する。
「でも、それが何だ」
「…………(え?)」
「今更、その程度でわざわざ埋め直さないと壊れるような関係でもないだろ」
「…………(ぱちくり)」
加茂さんは不安だったのかもしれない。
その不安を解消しようとした手段はおかしいが、そんな彼女の気持ちが分かってしまう自分がいた。俺も、加茂さんと距離が空いてしまった時、どうしようもなく不安だったから。
そして、口には出せないけれど、そんな彼女の不安を、俺は嬉しくも思ってしまった。
加茂さんも、俺と同じような気持ちだったということが分かったから。
『そうだね』
――ボードと共に向けられた加茂さんの笑みは、いつもの柔らかい、自然なものに戻っていた。
「あと一つ」
「…………(?)」
彼女の調子も戻ったついでに、小言の方もしっかり言わせてもらうとしよう。
「俺だったからいいけど……いや、あんまり良くはないけど。軽率に他の男にも同じことするなよ」
"同じこと"というのは、先程の密着のことだ。
口に出してから、少し言葉が足りなかったかと思った。
しかし、加茂さんは、俺の言葉の意味をすぐに理解できたらしい。
ボードに文字をサラサラと書いて、少し鬱陶しそうな視線と共にボードをこちらに向けてきた。
『分かってる
それぐらい』
「ならいいけど……あ、そういえば」
加茂さんのボードの文字に答えながら、ふと、俺は今日ここに来た目的を思い出す。
「……あれ?」
そして、マタタビを設置していた場所に目を向けて、気づいた。
「マタタビは?」
「…………(ぱちくり)」
――設置した筈のマタタビの枝が、いつの間にか消えていたことに。