加茂さんと日向と猫探し初日
ペットショップを出ると、17時半を知らせる鐘が聞こえた。
「聞いてなかったけど、二人はまだ時間平気か?」
俺が二人に確認してみると、加茂さんはボードに文字を書いてこちらに向けてくる。
『私は大丈夫
門限ない
家も近いし』
「ならいいけど……家には連絡しとけよ?」
「…………(こくり)、…………(がさごそ)」
加茂さんは頷くと、家に連絡するためだろう。鞄の中を漁り始める。
加茂さんの方は予想通りだった。彼女から門限があるという話を、俺は今まで聞いたことがなかったから。
そもそも、帰りは俺が家まで送って行くつもりなので、あまり心配も必要なかったりする。
実際、俺が心配してるのは日向の方だ。
「日向は?」
「私も特に門限はないですよ。まあ、連絡なしに9時とか10時に帰ったら怒られたことありますけど」
「だろうな」
それは誰の家でも基本そうだと思う。
とりあえず、二人とも時間はまだ平気だという確認できたので、俺達は早速猫探しを開始した――。
* * * *
俺達が最初に訪れたのは、昨日、加茂さんが猫を見つけたという十字路だった。
「加茂さんが見たのってこの辺りなのか?」
「…………(こくこく)」
そこで辺りを軽く見回してみるが、猫らしき影は一つもない。
「居ませんね」
「だな」
まあ、正直そこまで期待はしていなかった。
昨日、加茂さんが遭遇できたのは本当に偶然だったのだろう。
猫が見当たらなかったので、今度は彼女に確認してみる。
「加茂さん、時間って何時頃だった?」
『5時前ぐらい』
「……学校終わってすぐだな」
今の時刻をスマホで確認すると、17時42分。加茂さんが言う時刻を大幅に過ぎてしまっている。
空を見てみれば、鐘が鳴った後ということもあり、日も沈み始めているのが見える。
……よし、決めた。
「今日は帰ろう」
「え?」
「…………(え?)」
唐突な俺の提案に、日向は驚いたような声を出して、加茂さんは固まる。
「もっと探さないんですか?」
「…………(うんうん)」
「今日はな。だから加茂さんは猫じゃらししまえ。あとマタタビもまだ出すなよ」
「…………(しゅん)」
猫と遊ぶ気満々だったらしい加茂さんは、俺の言葉に加茂さんは素直に従いつつも、しょぼくれたような表情を見せる。
いつの間にか目的が変わっている彼女は一旦放置して、俺は未だに首を傾げている日向に向けて説明した。
「加茂さんにはもう言ってるけど、手がかりなしに闇雲に探しても時間の無駄だ」
「なら、どうするんですか?」
「明日から、加茂さんが猫を見たのと大体同じ時間に、ここで見張ってみようと思う」
「同じ時間に、ですか」
「ああ。もしかすると、一日の散歩コースになってるかもしれないからな」
俺の案に、日向は少し考えてから訊ねてくる。
「脱走……なのか迷子なのか分かりませんけど、そんな猫ですよ? また通りますかね」
「分からん。でも、下手に探し回るよりはマシだと思う」
探している猫は、確かに一度、ここを通っているのだ。散歩コースにしろ、そうでないにしろ、可能性はゼロじゃない。
「……まあ、他に方法も思いつきませんし、試しにやってみますか。何日までに見つけるっていう期限もないですよね」
「ああ。それじゃあ、決まりだな」
「…………(ちょんちょん)」
話がまとまったところで、加茂さんが横からボードで体を突いてくる。
そちらに目を向ければ、彼女はボードに書いた文字をこちらに向けてきた。
『今日買ったの
どうするの?』
「マタタビは俺が一旦今日持ち帰って、明日また持ってくる」
『ここに わな
しかけたり
しないの?』
「それも考えてみたけど、多分マタタビって放置しちゃ駄目だろ。というか、別の野良猫が引っかかる可能性高いし、置いてくだけ無駄になる気がする」
たとえここに一本置いていったとして、マタタビに別の野良猫が引っかかってしまっては意味がない。持っていかれてしまう可能性だってある。
だから、使うのは俺達の目の届く範囲内でだけにした方がいいだろう。
「……あれ? そういえば、明日からって言いました?」
加茂さんから今日買ったマタタビを受け取ると、日向が確認してくる。
「猫探しか? それならそのつもりだけど」
「私、明日も明後日も部活なんですけど」
「ああ、それは普通に部活行ってこい」
流石に、そこまでして手伝ってくれとは言えない。
……というか、暫くは見張ってみるだけだから、人手も要らないか。
「見張るだけなら俺一人でもできるけど、加茂さんはどうする?」
『見張るよ??
?(◉ω◉)?』
加茂さんは"当たり前でしょ"的な視線を向けてくる。
そういえば、この猫探しって俺が手伝わせてもらってる立場だったっけ。
「先輩方、二人きりで見張るんですか?」
「ん? まあ……あ、いや、分からない。明日、神薙さんって部活あるのか?」
神薙さんにはまだ猫探しの話をしていないが、話せば"手伝う"と即答する気がする。
逆に手伝うなと言っても手伝いたがるだろう。加茂さん居るし……なんてことを考えていると、加茂さんは文字を書き終えたらしい。ボードをこちらに向けた。
『今週はずっと部活
だから一緒に
帰れないって言ってた』
「珍しいな」
……ということは、今週は神薙さん居ないのか。
「じゃあ、今週は俺達二人だけだな」
「…………(かちーん)」
「むぅ」
「何だよ」
加茂さんは急にフリーズし、日向はどこか不服そうな反応を見せてくる。
しかし、俺には二人の反応の意味が全く分からなかった。
それでも少し考えようとして、日向がその思考を遮るように言ってくる。
「先輩、今週の土曜日に、またデートしてください」
「…………(えっ)」
「……いきなりだな」
「駄目ですか?」
上目遣いで俺を見つめてくる日向に、俺は特に迷うことなく返答した。
「分かった」
「…………(えっ)」
少し話が急だなと思ったものの、猫を探すのは基本平日のみの予定だ。だから、彼女の誘いを断る理由はない。
すると、日向は満足げな笑みを浮かべて言う。
「それならいいです」
「……なあ」
俺は、日向に不服そうにしていた理由を聞こうとした。
「何ですか?」
「……帰るか」
「はい」
でも、やめた。
――わざわざ話を掘り返して、嬉しそうに顔が緩んでいる彼女に水を差したくなかったから。