加茂さんと日向とペットショップ
放課後になり、俺と加茂さんに今日は部活が休みらしい日向を加え、三人でペットショップを訪れた。
ここに来た目的は、迷い猫の捜索のためにあるものを買うためだ。
「目がくりくりしてる……可愛い……あ、こっち見たっ」
「…………(ぶんぶんぶんぶんっ)」
「あはは、加茂先輩、そんなに手振っても来ないと思いますよ?」
――そんな目的があってここに来たのだが、中に入るや否や、二人はガラスケースに入れられた犬や猫が並ぶペットコーナーに釘付けになっていた。
はしゃいでいる二人を見ていると、なんとも微笑ましい気持ちになる。しかし、今日は平日の放課後ということもあり、ゆっくり買い物を楽しめる程の時間はない。
「あ、あの子お水飲んでますっ」
「…………(ふわぁぁ)」
「……可愛い……」
「…………(こくこく)」
……でも、まあ、少しぐらいはいいか。
俺は二人に声をかけることなく、一人でお目当てのものを探すことにした。
――そして、そのお目当てのものを見つけるのに、あまり時間はかからなかった。
ただ、それの種類が意外にも多かった。これは二人の意見も聞いた方がよさそうだ。
俺がペットコーナーに戻ってくると、未だにガラスケースの犬猫に対して、子供のように目を輝かせている二人が見えた。
「おい、目的忘れんな」
「はっ」
「…………(はっ)」
声をかけると、二人は目的を思い出したのか、揃って我に返る。
「す、すみません」
『ごめん
つい(´・▽・`)ゞ』
「いや、謝らなくてもいいけど」
別に謝られる程のことでもない。
そもそも、容認してしまっていたのは俺なのだから。
「それより、見つけたぞ」
「あ、あったんですね」
「……見つけたんだけど、どれがいいか分からないから、二人もちょっと来てくれ」
「……? 分かりました」
『OK』
そうして、俺は二人を連れて、今日買おうとしているもの――"マタタビ"が売られているコーナーに戻ってきた。
そこには、木の枝のタイプや粉末タイプ、小粒タイプと、大きく分けて三種類が並べられている。
「どれがいいと思う」
「…………(うーん)」
俺が訊ねると、加茂さんは顎に手を当てて悩み始める。
「あの、今更ですけど聞いてもいいですか?」
そして、日向はおずおずと手を挙げ、俺に訊ねてきた。
「何だ?」
「猫を探すってことしか聞いてなかったので、話がまだよく分かってないんですけど……マタタビってどういうものなんです? 普通の餌とは違うんですか?」
日向はマタタビというもの自体、あまりよく知らないらしい。
「人間で例えると酒みたいなもんだな」
「お酒ですか」
「ああ。だから猫を誘き寄せるなら最適なんだよ」
マタタビは猫にとっての嗜好品である。
勿論、与える量を間違えば毒にもなってしまう。酒と例えたのもそれが理由だ。
が、人が飲む酒のように体に蓄積されるような害はなく、ちゃんと適量を守れば健康に良いものでもあったりする。
……という話を、昔、和哉から聞いたことがあった。
「で、どれがいいと思う」
「むー」
改めて訊ねると、日向は粉末タイプのマタタビが入った袋を手に取って、裏面を眺め始める。
それから暫くして、「あっ」と何かに気づいたように声をあげた。
「どうした?」
「これ、火で炊いて匂い出すタイプらしいですよ」
「火?」
「ここです、ここ」
俺が疑問の声を漏らすと、日向は裏面の説明書きのある部分を指差しながらこちらに見せてくる。
そこにはマタタビの使用方法が書かれており、確かに日向言った通りのことが書いてあった。
「……粉末はナシだな」
「ですね」
俺達はライターもマッチも持っていない。
というか、火を使うこと自体に危険が伴う可能性があるため、避けておくのが吉だろう。
こうして二択に絞られたところで、加茂さんにも訊ねてみることにした。
「なあ、加茂さんはどっちがいいと……加茂さん?」
「あれ?」
いつの間にか、加茂さんが居なくなっていた。
どこに行ったのだろうと日向と共にマタタビコーナーの近くを軽く探してみるが、居ない。
でも、流石に外に出る訳ないだろうし、店内のどこかに居るのだとは思う。
とりあえず、電話を掛けてみよう。日向とそういう話になり、スマホを取り出したところで、加茂さんが戻ってきた。
「あ、加茂先輩っ、どこ行ってたんです……か?」
――どこから持ってきたのか分からないカートと共に。
「加茂さん、何でカート持ってきた?」
「…………(ぶいっ)」
「いやピースじゃなくて……ん?」
謎に誇らしげな加茂さんをよそにカートに目を向ければ、カートの中にも何かが入っていることに気がつく。
日向と二人で確認してみると、カートの中に入っていたのは1キロ分のキャットフードだった。
「加茂先輩、何故キャットフードを」
『つかまえた時
おなかすいてるかも』
「ああ、成る程……」
「おい流されんな。買うにしても量多すぎるわ」
「…………(こてん)」
俺が突っ込むと、加茂さんは"そうかな?"といった感じで首を傾げる。
「……とりあえず、その話は後な」
捕まえた後のことを考えるのはいいが、今日、最優先で買わなければならないのはマタタビだ。
キャットフードをどうするかは一旦置いといて、俺はマタタビコーナーを親指で差しながら加茂さんに訊ねた。
「加茂さんはマタタビ、枝と粒、どっちがいいと思う?」
「…………(これっ)」
「早いな」
「即決しましたね」
俺の質問に対して、加茂さんは迷わず木の枝のタイプのマタタビを手に取った。
長々と迷うよりはいいが、彼女がそれを選んだ理由は何なのだろう。
不思議に思っていると、加茂さんはそのマタタビをカートの籠の中に入れる。
それから、ボードにその理由を書き出してこちらに向けてきた。
『つぶよりも
えだの方が
楽しそう!』
「……猫のオモチャとして買う訳じゃないからな?」
「…………(きょとん)」
俺の突っ込みに、加茂さんが"え?"みたいな表情で俺を見てくる。
……何だ、この会話が噛み合っていない感じは。
加茂さんの反応を疑問に思い始めたところで、日向が横から訊ねてきた。
「赤宮先輩、加茂先輩にマタタビの説明しました?」
「いや、知ってるって言ってたからしてないけど……まさか、加茂さん?」
「…………(ささーっ)」
「おい」
俺が加茂さんに目を向ければ、彼女は俺の視線から逃げるようにカートの後ろに隠れる。
――その後、加茂さんにもマタタビの説明をしてから、俺達は枝のタイプのマタタビを買った。
そして、後から加茂さんが猫のオモチャをこそこそ買っていたのは見なかったことにした。





