加茂さんと迷い猫
『また明日
ヾ(๑╹ω╹๑ )』
「ああ、また明日」
放課後、私は赤宮君と一言挨拶を交わした後、私は教室を出て、真っ先にライナーで指定された場所に向かう。
そして、その場所――学校の屋上の扉の前に着くと、まだ詩音ちゃんは来ていなかった。だから、私は階段に腰掛けて待つことにした。
「加茂先輩、こんにちは」
暫くぼんやりしながら待っていると、詩音ちゃんが階段を登ってくる。
「すみません、わざわざこんな所に来させて」
「…………(ふるふる)」
申し訳なさそうにする詩音ちゃんに、私は"気にしてないよ"という意味で首を横に振った。
私も、この話を詩音ちゃん以外に聞かれるのは恥ずかしい。だから、人気のないこの場所を指定してくれてよかったと思ってる。
詩音ちゃんは私の隣に腰掛けて、訊ねてきた。
「話って、赤宮先輩の話ですよね」
「…………(こくり)」
私は頷いた後、軽く深呼吸する。
それから、ボードに文字を書いて、自分の気持ちを打ち明けた。
『私も赤宮君の
ことが好き』
「……そう、ですか」
――詩音ちゃんの顔が、一瞬曇ったのが分かった。
「じゃあ、今日からライバルですね!」
そして、それを誤魔化したのも。
少し、胸が痛くなった。
「…………(こくっ)」
それでも、私はそのことに触れずに、ただ頷いた。
触れても、どうにもできない。私は、赤宮君を好きになってしまったから。今更、この気持ちをなかったことになんてできないから。
「加茂先輩」
詩音ちゃんは立ち上がると、私の方へ向き直って、不敵な笑みを浮かべた。
「負けませんからね」
屋上に繋がる扉のすりガラスから差し込む、夕暮れ時のオレンジ色の光が詩音ちゃんを照らす。
真っ直ぐで、眩しくて、思わず目を瞑りそうになってしまう。
――それでも、私だって負けたくない。
私はボードに文字を書いて、そのボードを詩音ちゃんに向けた。
『こっちこそ!
o(`ω´ )o』
「……あの、顔文字が無駄に可愛いせいで気抜けちゃうんですけど」
「…………(えへへ)」
「褒めてないですよ?」
* * * *
詩音ちゃんが部活に戻るまでの少しの間、私達は他愛のない話をした。
土曜日に赤宮君とデートしたことを自慢もされた。
少し悔しかったけど、楽しそうに話してる詩音ちゃんは可愛かった。
だから、衝動的に抱き締めた。そうしたら、詩音ちゃんは分かりやすくテンパって、もっと可愛くなった。
後輩っていいなって、改めて感じた。
……それと、もっと先輩らしくなりたいとも思った。赤宮君みたいに……大人の余裕って言うのかな。それを持ちたい。
多分、詩音ちゃんは今の私をあんまり先輩として意識してないような、そんな気がする。
壁を感じないって考えれば、凄い嬉しい。でも、私は、もっとしっかりした頼もしい先輩にもなりたい。
でも、現実は詩音ちゃんに助けられてばかり。今日だって、多分、気を遣わせたと思う。
……私、本当に駄目な先輩だな。なんだか悲しくなってくる。
「――みゃあ」
「…………(はっ)」
どこからか鳴き声が聞こえて、意識が引き戻される。
私は学校から帰宅途中だった。
けれど、ぼーっとし過ぎていたみたいで、家を通り過ぎた先の十字路に来てしまっていた。
……今のがなかったら、私はどれぐらい家から遠ざかっていたんだろう。
「…………(きょろきょろ)」
私は歩いてきた道を引き返す前に、その場で辺りを見回して鳴き声の主を探した。伝わるか分からないけど、お礼が言いたくて。
障害物も電信柱ぐらいしかない十字路だったから、その鳴き声の主はすぐに見つかった。
それは塀の上を歩いている真っ黒な猫だった。
その猫は、綺麗な黄金色の瞳を私に向けてきている。
『ありがとう』
私は、ボードに文字を書いて猫に向けた。
「みゃあ」
すると、猫は私の言葉に応えるように一鳴きしてくれた。
伝わったのかな。だとしたら、嬉しいな。
……あれ?
「…………(じー)」
私は猫をじっと見つめて観察してみる。
何か、最近、どこかで見たことあるような気がするような。気のせいかな?
私が思い出すのを諦めて帰ろうとしたその時、その猫が塀の上からぴょんっと下に降りてくる。
――その猫の背中にあった白いハート模様を見て、思い出した。
迷子になって探してるっていう貼り紙にあった写真の子だ。
……飼い主さん、探してるよね。なら、捕まえて、届けてあげなきゃ。
そう思って、私は猫にゆっくり近づいた。驚かせたり、怖がらせたりしないように。
「…………(そーっ)」
「みゃっ」
そんな私に対して、猫はいきなり反対方向に向かって走り出した。
……どうして!?
「っ……!」
一拍遅れて私も走り出す。
それから、思った。
猫って、足、速いんだね。私も足には自信あるのに、どんどん引き離される。全然追いつけない。
――結局、私はその後すぐに猫を見失ってしまった。





