加茂さんと日曜日
日曜日。時刻は昼を過ぎて、一日で一番暑くなる時間帯。
俺は改札前で秀人と待ち合わせをしていた。
……正直、あまり気乗りしていない。
一方的に取り付けられた予定ということもあって、最初はすっぽかすことも考えていた。
けれど、昨夜、まるで釘を刺すようなライナーが送られてきたのである。
スマホで時計を見るついでに、もう一度、昨夜送られてきたライナーを確認する。
[来るまで待ってるから絶対来いよ!]
俺がすっぽかせば、秀人は一日ずっと駅で待ち続ける。あいつはそういう性格……というより、去年の実例がある。
そんな理由があって、俺は来ないという選択肢を選ぶことができなかった。
「はぁ……」
秀人の思い通りに動かされている気がして、思わず深いため息を吐く。
……今日会って「計画通り」なんて言おうものなら、一発殴ろう。そうしよう。
少々野蛮な決意を固めていると、少し離れた場所に立っている顔見知りの存在に気づく。
「加茂さん……だよな?」
見間違える筈もない。金髪ならまだしも、加茂さんのような亜麻色の髪なんてなかなか居ないのだから。
加茂さんが俺の存在に気づく様子はなく、俺と同じように人を待っているようだ。
「……あっ」
「…………(ぱちくり)」
俺がぼんやり加茂さんの方を眺めてしまっていたために、彼女は俺に気づき、目が合ってしまう。
そして、お互いに目を逸らそうとして、逸らせなかった。気がつかない振りをするにも手遅れだし、ここで目を逸らしたら余計に気まずくなることが目に見えているから。
「…………(ふりふり)」
どうしたものかと考えていると、加茂さんがこちらに手を振ってくる。
なので、俺も手を振り返してみた。
「…………(ふりふり)」
加茂さんが手を振り続けるので、俺も振り続ける。
……いつまで振ればいいのだろう。ずっと振り続けるのも流石に疲れる。でも、手を下ろすにもタイミングが分からず、下ろせない。
――そうして手を振り続けていれば、スマホが震える。
振る手を中断してスマホを見ると、秀人からのライナーだった。
[わり。行けなくなった]
……は?
送られてきた文面を読んで軽く思考停止していると、続けて文が送られてくる。
[妹と遊ぶ約束してたの忘れてた]
落ち着け、俺。
妹さんと約束してたのなら仕方ない。仕方ないな、うん。
………………キレそう。
俺は[明日覚えてろよ]と送ってから、心に決めた。
明日、朝イチで一発殴る。あと、なんか奢らせる。
「……帰るか」
とりあえず、秀人が来ないのなら、いつまでもここに居たって仕方がない。
俺は改札へ向かいながら、ふと気になって、帰る前に加茂さんを横目で見てみた。
「……?」
加茂さんがスマホの画面を見て、物凄いショックを受けたような表情をしていた。
どうしたのだろう。彼女の様子が気になって、思わず足を止めてしまう。
「あっ」
「…………(あっ)」
また目が合ってしまった。
そして、今度は少し気まずそうにしながらも、こちらに向かって歩いて近づいてくる。
――最近、加茂さんからは避けられ気味だったこともあって、今日は彼女の方から来てくれたことに俺は感極まりかけた。
「こんな所でどうした?」
だけど、それを表に出すのもみっともないので、俺は極力平静を装って話しかけた。
すると、彼女はボードにペンを走らせてこちらに向けてくる。
『鈴香ちゃんと
待ち合わせしてた
赤宮君は?』
「……この会話、久々だな……」
「…………(ぱちくり)」
「……今のは忘れてくれ」
ボードに書かれていた質問とは全く関係ない言葉が口から出てしまった。
俺は軽く咳払いをしてから、彼女の質問に答える。
「俺も秀人と待ち合わせしてたけど、ドタキャンされた」
「…………(えっ)」
加茂さんは俺の言葉に少し驚いた様子を見せた後、ボードに文字を書いた。
『私も』
「え?」
あの神薙さんが、加茂さんとの予定をドタキャンした?
俄には信じがたいが、加茂さんが嘘をついているようにも見えない。というより、嘘をつく理由がないので事実なのだろう。
「まあ、神薙さんは色々忙しいんだろ」
加茂さんとの予定をドタキャンしたのなら、よっぽどの用事があったのだと思う。
「…………(しゅん)」
加茂さんは少し寂しそうに目を伏せる。
――このまま彼女を放って帰る気にはなれなかった。
「あの、さ」
俺が声をかけると、加茂さんが顔を上げてこちら見つめてくる。
「ドタキャンされた同士、これからどっか行くか? このまま何もしないで帰るのもアレだし」
「…………(ぱちくり)」
加茂さんは目を瞬かせた後、顔を俯かせる。
……まあ、だよな
「無理にとは言わないから。いきなり誘ってごめん」
「…………(ばっ)」
俺が謝ると、加茂さんは勢いよく顔を上げ――俺の片手を、両手で包むように握ってきた。
「えっと……?」
加茂さんの行動の意味が分からず、首を傾げる。
すると彼女はハッとした後、俺から手を離し、ボードに文字を書き始める。
――彼女の表情が困惑、焦燥へと一変した。
「……?」
仕舞いには、加茂さんは塗り絵のような手の動きをし始めた。
そんな彼女を不思議に思い、俺はボードを上から覗き込んでみる。
『行 ´ 』
「…………(きゅきゅきゅきゅきゅっ)」
「インク切れたんだな」
加茂さんはインクが切れているのにも関わらず、めげずにペンからインクを捻り出そうと試み続ける。
しかし、頑張っている彼女には悪いが、入ってないものはいくら頑張っても出てこないと思う。逆に出てきたら怖い。
「…………(うぅ)」
「……替えのペンとかないのか?」
何故か泣きそうになっている加茂さんを見かねて、訊ねてみた。
「…………(ばっ)」
――加茂さんは両腕を使い、頭の上で三角形を作った。
「山? イカ? きのこ?」
「…………(ぶんぶんっ)」
加茂さんは首を横に振り、両腕でもう一回大きな三角形を作る。
何だろう。三角……三角……屋根?
「家?」
「…………(ぱあっ)」
加茂さんの表情が明るくなる。多分、当たったのだろう。
「…………(ばっ)」
すると、今度は体を横にして走り出す時のポーズを取り、顔だけをこちらに向けてくる。それから、腕だけを動かし始めた。
「走る?」
「…………(うーん)」
俺の回答に、加茂さんは微妙な表情になる。当たってもないけど大きく外れてもいない、的なニュアンスだろうか。
さっきの家のジェスチャーと一緒に考えてみるか。
家と、走る……家に走る……家まで走る? あ、分かった。結構簡単だった。
「ペン、家に取りに行くってことか?」
「…………(ぐっ!)」
加茂さんは"正解!"と言わんばかりに、親指を立てた手を勢いよくこちらに突き出した。
【おまけ:ドタキャン文を送った直後の二人】
※場所は赤宮君と加茂さんが居る位置から、少し離れた所の柱の陰からお送りします。
「九杉……嘘ついてごめんね……」
「鈴香、どうしよ。光太から明日覚えてろよって返ってきたんだけど」
「知らないわよ」
「アフターケアのサービスとかねえの?」
「じゃあ、応援してるわ」
「頑張る」
「……私が言うのもおかしいけど、あんたちょろすぎでしょ」
「ちゃんと鈴香限定だぞ」
「…………」
「お、照れ――ごふっ」