加茂さんと神薙さん
昼休み、いつものように三人で昼食を取る。
俺は弁当を食べながら、今朝のことを思い出していた。申し訳なさそうにする加茂さんの表情が、脳裏から離れない。
俺が一人で悶々としていると、秀人が口を開く。
「お前ら先週より悪化してるよな?」
「……そう見えるか」
加茂さんとは朝に会話したのが最後で、他の休み時間は一切話せていない。
視線すら合わず……そもそも加茂さんがこちらを向いてくれない。顔を俯かせてばかりで、顔を合わせるタイミングすら掴めない。
「加茂さんと何かあった?」
「……友達になった」
「良いことじゃん。それで?」
「踏み込みすぎた」
「距離感は測れよ」
「だよなぁ」
流石は秀人だ。伊達に一年友達やってない。今の簡潔な説明で何があったのか把握してくれたらしい。
……遅いとは思うが、俺も後悔している。友達になれて、少し浮かれていたのかもしれない。
加茂さんは朝のことを気にしてるに違いない。だから、彼女は俺を見てくれないんだ。
「何の話? 赤宮と加茂さん、何かあったの?」
「ちょっとな」
「光太が100%悪いんだけどな」
「それなら拗れる前に謝っといた方がいいぜ?」
「分かってる」
もう拗れてしまっているかもしれない。それでも、放課後に話しかけて謝ろう、そう決めている。
今回、加茂さんは何も悪くない。俺が悪い。だからこそ、俺から動かなければならないのだ。
「……頑張ってみるか」
「おう、頑張れ」
「朗報期待してるよ」
二人の応援を受けた俺は、放課後に向けて心の準備を開始した。
――そして、放課後。俺は真っ先に、隣の席の加茂さんに話しかける。
「加茂さんっ」
「…………(びくっ)」
加茂さんは片付ける手を止めて、驚いた様子で俺を見る。くりくりとした瞳をぱちぱちと瞬かせ、困惑の色が見られる。
そんな彼女に、俺は直球の言葉をぶつけた。
「朝はごめんっ」
「…………(ぽかん)」
俺の言葉に対し、加茂さんは半開きの口のまま呆然としている。
……反応がなかなか返ってこない。少し不安になった俺は、加茂さんの顔の前で手を振る。
「加茂さーん」
「…………(はっ)」
ようやく動き出した加茂さんは、慌ててボードに文字を書く。
『私もごめんね』
「……加茂さんは謝らないでくれると助かる。俺のデリカシーがなかった自覚はあるんだ。できれば、朝の話は忘れてほしい」
「…………(こくん)」
加茂さんはゆっくりと頷く。
「……手、止めさせてごめん。それだけだ」
それだけ伝えて、俺は帰り支度を始める。しかし、すぐに肩をトントンと叩かれ、俺は横を向いた。
『今日も一緒に
帰ってくれますか』
「……おう」
「――待ちなさい!」
今朝感じた刺すような視線と共に、背後から声が聞こえて俺は振り向く。
しかし、そこに居たのは面識のない人物だった。ストレートの長い黒髪に茶色い眼鏡、切れ目の鋭い眼光が俺を睨みつけている。
「どちら様で?」
「九杉、こいつと話させてもらってもいい?」
いきなりこいつ呼ばわりか。初対面の癖に失礼極まりないな。
……それはともかく、彼女は加茂さんの知り合いらしい。
そういえば、前に一度、昼休みに教室に来て加茂さんとお昼を食べていたような。ということは、彼女が例の加茂さんの友達か?
俺は加茂さんの方に目を向け、様子を窺う。彼女はボードを使って、例のお友達に問いかけていた。
『鈴香ちゃん、部活は?』
「今日は顧問が急遽午後から出張で休みになったのよ」
加茂さんの友達……ひとまず鈴香ちゃんでいいか。鈴香ちゃんは、背中にリュックとは別で細長いケースを背負っている。
何の部活かは分からないが、運動系の部活であることは間違いないだろう。
「……で、赤宮光太、面貸しなさい。拒否権ないから」
「ヤンキーかよ」
見た目は委員長なのに、強引で口が悪い。ギャップはあるが、全然萌えないタイプだ。
あと、どうして俺の名前を知ってるのか……多分、加茂さんから聞いたのだろう。まあ、それはいい。
俺は先に一つだけ、どうしても知りたいことがあった。
「まずは名乗ってくれ。話はそれからだ」
「……信用できない男に名乗る名前はないわ」
「鈴香ちゃんって呼んでやろうか」
「やめて」
鈴香ちゃんは自分の体を抱くように腕を前に回し、軽蔑するような視線を俺に送りながら一歩後退る。
俺は別にMではないので、そんな目で見られてもゾクゾクはしない。
それより、普通に傷つくから、その目はできればやめて頂きたい……思っただけで、口には出せなかった。
「……神薙、鈴香」
「神薙さんか、分かった」
渋々、心底嫌そうな顔でようやく名乗ってくれた。その態度には釈然としないが、それも今は目を瞑ろう。
「わっすれものーっと……ん? んん?」
その時、忘れ物を取りに来たであろう秀人が教室に戻ってくる。
そして、俺達の方を一瞬見たかと思えば、彼はこちらを――神薙さんを二度見した後、スタスタと近寄ってきた。
「やっぱりそうだ……! 鈴香だよな!?」
「人違いよ」
「鈴香だな!」
「人の話聞けっ」
二人は顔見知りらしい。
話についていけない俺と加茂さんは顔を見合わせ、示し合わせるように頷く。そうして、俺達は静かに二人のやり取りを見守ることにした――。