鈍い二人の知らぬ間に
石村君side
「あれ、鈴香?」
今日の部活が終わって、山田達と帰ろうと門の方まで歩いてくると、何故かそこに鈴香の姿があった。
鈴香は俺に気づくと、"こっちに来い"といった風に手招きをしてくる。
俺は山田達に「先に帰っててくれ」と言った後、集団を離れて鈴香の元へ歩いて近づく。
そして、開口一番、疑問を投げかけた。
「何で居るんだ?」
剣道部はサッカー部より一時間ぐらい部活が終わるのが早かった筈だ。
だから疑問に思った。でも、鈴香はそんな俺に呆れの目を向けながら言う。
「何でって、あんたのこと待ってたからに決まってるでしょ」
「……まさか、待っててくれたのか?」
「そうよ。積もる話もあるし」
……俺のこと、わざわざ待っててくれたのか。
「そっかぁ」
「露骨に喜ぶのやめてくれない?」
「無理だな!」
俺が言い切ると、鈴香はため息を吐く。
鈴香が俺を待っていてくれたことが、理由はどうあれ嬉しかった。
だから俺はその気持ちを抑え切れなくて、顔に出してしまっていた。まあ、抑えられたとしても隠す気はなかったけど。
「んじゃ、話は歩きながらにするか」
「……そうね」
そうして、高校では初めて、二人きりで学校を出た。
歩き始めてすぐに、鈴香は後ろから俺の腕を引いてきた。
「ねえ、駅と方向違うわよ」
「知ってる」
「え?」
「だって、向かってるの鈴香の家だし」
鈴香は一瞬固まった後、真顔のまま言う。
「来ても家上がらせないけど」
「上がるつもりねえよ。もう暗いから送るだけ」
「……そ、そう」
「でも、上がっていいなら夕飯ご馳走になろうかなー」
「やめて」
残念ながら拒否られてしまった。知ってたけど。
「まあ、その話は置いといて……ライナー、見てくれたんだよな?」
「置いとかれるとそこはかとない不安があるんだけど……ええ、見たわよ。九杉のことでしょ?」
「ああ」
鈴香の確認を取るような言葉に、俺は相槌を返す。
「気にしなくていいわよ。私にもあんたにも、赤宮君にもどうすることもできないし」
「……本当に何かあったのか?」
俺はともかく、鈴香や光太でもどうすることもできない悩みって何だろう。
疑問に思っていると、鈴香は言った。
「九杉、赤宮君のことが好きみたい」
……打ち明けられたその言葉と、光太が言っていた加茂さんの変化を思い返し、重ね合わせる。そして、納得した。
それから、俺は思ったままの言葉を鈴香に返した。
「だろうなぁ」
「反応薄いわね」
「いや、見てりゃ分かるし。鈴香もそうだろ?」
「……そうだけど」
むしろ、それを聞いてやっとかと思った程だ。
一番近いところから二人を見ている俺としては、あの二人の関係にはもどかしく思っているから。早くくっつけよ的な意味で。
多分、それは鈴香も同じ……いや、ちょっと違うかもしれない。でも、悪くは思ってないと思う。
「まあ、そういう訳だから。赤宮君には心配しなくても大丈夫……みたいな感じで、適当に誤魔化しつつフォローでもしておいてあげて」
「ムズいわ」
「ムズくてもやりなさい」
「ええ……」
なんて無茶な。鈴香の頼みだからやるけど。
光太に何て話すかを頭の片隅で考えつつ、俺は鈴香に訊ねた。
「それで?」
「え?」
「話、まだあるんだろ? 今の話だけなら、直接話さなくてもライナーで済むし」
「……そういうところの勘の良さは昔から変わってないわね」
俺の予想は当たったようで、鈴香は笑みを溢した後、言った。
「まだ、九杉は"好き"って気持ちがよく分かってないみたいなの」
「……正直そんな気はしてた」
今日、教室での加茂さんが光太と話?をしている時も、挙動がおかしいように見えた。好きな人を前にして照れているというよりは、話を半分聞いていないような上の空の状態に近かったと思う。
だから、鈴香の話を聞いても、俺に特に驚きはなかった。
……それに。
「光太も似たようなもんだし」
「やっぱりそうなのね……」
鈴香もそこは察していたようで、苦笑いを浮かべている。
光太は多分、加茂さん以上に恋愛事に疎いし鈍い。本人にその気がない訳ではないのは知っているものの、意識が足りない。
……苦労しそうだなぁと、俺はこの場に居ない筆談少女を心の中で憂いた。
「それで?」
「九杉のこと、少し後押ししてあげたいの。勿論、私達が外野から口出すのはナシで」
「それはいいけど、何か方法あるのか?」
「ええ、一応ね」
鈴香にしては珍しく、悪戯を企てるような表情を見せる。
そんな鈴香も可愛いなと思いつつ、俺は案を話し始める彼女に耳を傾けた――。